「瞬、庭に出て、焚き火しようぜ。今年最後の」
彼らしくまっすぐに瞬の側に歩み寄った星矢は、だが一応紫龍の忠告を聞いていたらしい。
彼は彼の知りたいことを単刀直入に瞬にぶつけることはしなかった。
動くのも億劫そうな目をした瞬が、そんな星矢の顔を見て、首を横に振りかける。
「僕は……」
「歩けないくらい つらいのか」
「……」

自分がなぜ、何を気遣われているのかに気付いて、瞬はそれまで蒼白だった頬にさっと朱の色を散らした。
夕べのことが、仲間たちに知れている。
瞬は無理に気を張って、星矢に真正面から向き直った。
「へ……平気だよ。アテナの聖闘士にそんなの愚問だよ」
実際、瞬は、星矢が気遣っている事柄に関しては平気だったのだ。
あれだけ激しい交合に耐えた翌日だというのに、瞬はいつもより体調がいいくらいだった。

「そっか。そんならよかった」
星矢が気を安んじたように笑みを浮かべるのを見て、瞬は彼の誘いをむげにできなくなってしまったのである。
自分が元気でいることを示してやらなければ、星矢にいらぬ心配をかけるだけだと、瞬は思った。


「城戸邸くらい広い庭がないと、今時はうっかり焚き火もできないんだよな。消防車が飛んで来ちまうから。ったく風情がないったらないぜ」
軽口を叩きながら、星矢が今朝城戸邸の庭師によって かき集められた枯葉の山に火を投じる。
葉はほどよく乾燥していたらしく、さほどの手間をかけずとも、星矢曰く風情のある炎の姿を描き始めた。

「うん、そうだね……」
最初のうちは星矢に付き合って 形ばかりとはいえ笑顔を作っていた瞬が、やがてその炎を見詰めたまま黙り込む。
その目と表情には空を眺めていた時と同じに覇気がなく、星矢は瞬に気付かれぬようこっそりと溜め息をつくことになったのである。
さすがの星矢にも、会話を発展させようという気のない相手に、焚き火だけをネタに会話を持続させることは困難な作業だった。

だからといって、ここで おもむろに氷河がヘタくそだったのかと訊くこともできない。
たとえヘタでも、なにしろ氷河は体力だけはあり余っている男である。
瞬も華奢なのは見た目だけ。
それが恋情から出たことであれば、瞬は、氷河の多少の力任せや加減知らずなど、容易に恋する男の情熱に変換してしまうことができるだろう。
そういうことを訊くのは、それこそ愚問のような気がして、星矢は本題に入れずにいた。
実のところ、星矢には、瞬が沈んでいる理由に全く見当がついていなかったのである。
恋し合う二人が同衾を果たして、そこにどんな問題が生じるというのだ。

「ただ火を燃やしてるだけってのも芸がないなー。俺、厨房に行って、芋か栗でももらってくる」
途切れた会話の気まずさを振り払う手段として星矢が思いついたのは、『葉っぱ以外の何かに頼る』という方法だった。
沈んでいる人間を励ますのに、燃え尽きてしまえば そのあとには何も残さない――つまりは生産性のない――日本人的情緒に頼ろうとしたのが、そもそも間違いだったのだ。
その思いつきを実行に移すべく、星矢が玄関に向かって駆け出す。

建物の角を曲がりかけたところで、星矢は、妙な胸騒ぎを覚えて、ふと後ろを振り返った。
瞬が、手を炎の上にかざしている。
火で暖を取ろうとしているというには あまりに不自然なほど、瞬の手は火の真上にあった。
非生産的な日本人的情緒を求めた ささやかな焚き火とはいえ、それが1000度を超える炎であることに変わりはない。
炎の真上には、数百度を超える熱風が生じているはずだった。

「瞬! おまえ、なにしてんだよっ!」
慌てて引き返し、その身体ごと 瞬を炎の側から引き離す。
仲間の身の安全を確保しようとした星矢に、だが、瞬は身をよじって逆らった。
「放してっ。この手がなくなれば、僕はあんな思いしなくてもよくなるんだからっ!」
「あんな思い……って、おい、瞬、落ち着けよ! 紫龍! 紫龍っ、氷河の馬鹿はどこだーっ!」
静かすぎるほど静かで穏やかだった晩秋の庭に、星矢は、情緒もへったくれもない怒鳴り声を響かせた。






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