実際、シュンは平生は控えめで大人しい少年だった。
無論、自分が仕える主人に対して我を張る召使いは滅多にいるものではないが、使用人といえど感情を持った人間である。
ヒョウガのように気まぐれな命令を連発する主人には、はっきり言葉に出して逆らうことはしなくても、未熟な使用人なら不満や反抗心を隠し通すことは困難なことのはずだった。
しかし、シュンがヒョウガにそんな素振りを見せることは全くなかった。
であるのに、時々シュンは公爵を公爵とも思っていないような言動を見せる。

いったいシュンは何者なのか。
息子であるヒョウガも、第一の崇拝者を自認する伯爵夫人ですら知らない、母の姿を知る人間。
いつのまにか、気がつくとその姿を目で追っているのは、シュンではなくヒョウガの方になっていた。

「あなた、まるで恋でもしているようよ」
伯爵夫人にその事実を指摘された時、ヒョウガは彼女の言を否定するようなことはしなかった。
自覚していたわけではないが、言われてみれば そうなのかもしれないと、ヒョウガは素直に現実を認めることができたのである。
母の肖像を見ていたいという思いより、シュンの姿を求める気持ちの方が強くなっている自分自身には、ヒョウガも気付いていたのだ。

「シュンは何者だ。俺が恋をしてはまずい相手か」
「あなた以外の誰に、それを決められるというの」
伯爵夫人の突き放すような返答は、実に尤もなものだった。
そして、ヒョウガの感情はともかく理性は、北の大公爵がシュンに恋することは望ましい事態ではないと、実に常識的な回答をヒョウガに押しつけてきていた。

なによりまず、同性である。
出自も知れず、敵対する立場にある者かもしれない。
公爵に対する害意や殺意がないとも言い切れない。
そして、若すぎる。
恋がわかる歳とも思えない。
その存在自体に、何らかの陰謀の匂いを感じる――。
シュンという少年が公爵の恋の相手として望ましくないと判断するための材料はいくらでもあった。
だが、そんなことが恋をしてはならない理由になるだろうか――と、ヒョウガの感情が強く反発してくるのである。

シュンは可愛かった。
稀に見る容姿の持ち主で、美しくもある。
小気味いい会話を成り立たせることもできた。
つまり機転がきいて、頭もいい。
でしゃばりでもなく、おおむね従順。
だが、自分の意思や考えを持っていないわけでもなく、優柔不断でもなければ意志薄弱でもない。
言動に悪意が見られず、シュンがここにいる目的はわからなかったが、本来の性向は善良なのだと信じることができる――。

おそらく、その時 既にヒョウガは恋に落ちてしまっていたのだ。
恋人として好ましく思うことのできない要素など、既に恋に落ちてしまった人間には、その恋を更に大きく燃え立たせるための燃料にしか なりえない。
理性と感情の対立になんとか折り合いをつける形で ヒョウガが辿り着いた結論は、
『早急にシュンの正体をつきとめ、さっさと我がものにしてしまう』
もしくは、
『我がものにしてから、シュンにその正体を白状させる』
という、ある意味 実に行きあたりばったりなものだった。






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