「氷河は僕のこと好き?」
同じことを、氷河に訊いてみる。
「そんなこともわからないのなら、おまえはただの阿呆だぞ」
氷河の答えは、瞬の兄のそれに似ていた。
これまで考えたこともなかったが、やはり二人は似ているのだ――と、瞬は氷河の胸の下で思ったのである。

そういう二人は、自分より同じものを見詰めていられるだろう。
同じ方向を見詰め、同じ目的に向かって歩み、互いに支え合うこともできるのかもしれない。
そう考えると、瞬の胸はひどく痛んだ。
細く長い針を心臓に突き刺されたように、鋭く切ない痛みを覚える。
氷河と兄と――自分がそのどちらに妬いているのかがわからないことが、胸に感じる痛みに困惑までを伴わせた。

「氷河には僕が必要?」
氷河に重ねて尋ねたのは、それが兄に尋ねたいことで、だが、勇気がなくて尋ねられないことでもあったから、だった。
似ている二人なら、似た答えを返してくれるのかもしれない――と思ったのだ。
しかし、氷河はぐにはシュンの問いかけへの答えを返してはくれなかった。
当然だろう。
彼は、瞬の身体をその気にさせるための作業――瞬が、彼の恋人をその身の内に受け入れられる状態にするための作業――に、今まさに取りかかろうとしていたところだったのだから。
出鼻を挫かれた格好で、逆に氷河が瞬に問うてくる。

「急にどうしたんだ」
「ん……」
瞬が答えをためらう。
そんな瞬の様子を見て、氷河は内心で苛立ち始めていた。
一輝が帰ってくると、瞬はいつもこうなのだ。
一輝がいなければ、瞬は自分が恋人に愛されている事実を自然に受け止め享受してくれる。
だが、会おうと思えばすぐに会える場所に一輝の存在がある時には、瞬の心と身体は、まるで許されない悪事を働いている罪人のように強張り萎縮してしまうのだった。

こうなると、愛撫より先に、言葉で瞬の身体をほぐすところから始めなければならなくなる。
「俺はおまえがいないと生きていられない」
瞬の脚を撫でる作業は中断せずに、瞬の唇に一度軽いキスをしてから、氷河はその説得に取りかかった。
氷河は、瞬とは逆に、一輝が近くにいる時ほど瞬を乱し喘がせたい男だったので、そんなことでこの行為をやめようとは考えもしないのである。

「氷河……」
「――と言うと、おまえは心配するから、『おまえがいてくれた方が、生きていることが楽しい』くらいにしておくか」
ともかく、瞬の意識の中から、瞬の兄の影を追い払わなければならない。
『瞬が欲しい、早くしろ』といきり立ちかけている身体の某所を内心でなだめすかしつつ、氷河は瞬の視線を捉え、冗談めいた笑みを浮かべてみせた。

「おまえがいないのは つらいぞ。夜、寝る前に何をすればいいのかわからなくなるし」
「ふざけないで。僕は真面目に訊いてるの」
言葉通りに極めて真面目な目をしている瞬の髪と肩を撫でる。
氷河は、瞬以上に真面目かつ必死だった。
同性のくせに男の身体の事情を全く察してくれない この生き物の心と身体を、自分の方に向かせるために。

「まず、おまえが俺を起こしてくれないと、俺は敵襲でもない限り、一日中寝て暮らしているだろう。俺は本来かなりの怠け者だし、おまえという刺激がないと、生きていることどころか、起き上がって動くことの目的すら見い出せず、最低の運動量と最低の栄養摂取量で一日を乗り切ろうとする毎日を過ごすことになるだろうな。冬眠中のクマみたいに」
「まさか」
「そんなことにはならないと思うか」
「……」

瞬に期待されるものとは少々意味合いが違っていたが、今現在、氷河は――氷河もまた、真剣を極めていた。
求めるものが瞬の心と身体である分、瞬より氷河の方が真剣の度合いが大きかったかもしれない。
その上、氷河の持ち出した例え話は、氷河自身がそうなることを本気で確信していることでもあったので、瞬は彼の言を否定することができなかったらしい。
“真剣な”氷河の眼差しに気付き、瞬がその心身を緊張させる。
そうなる時を見計らっていた氷河は、瞬をその緊張から一気に解放するために、瞬に笑いかけた。

「瞬、それでだな。今の俺には、幸いおまえという刺激がある。おまえさえいれば、俺は勤勉な人間として生きていられる。できれば、いつものお勤めに励みたいんだが」
軽い口調でそう告げ、瞬の唇に唇を重ねる。
長いキスの間に、瞬の細い腕が自分の首と髪に絡み、やがて瞬の身体の緊張が解けていくのを、氷河は彼自身の胸と脚で確認した。

「おまえには俺が必要か」
からかうように――だが実は真剣に――氷河が尋ねると、瞬は小さく頷いた。
「僕も……氷河がいてくれると嬉しい。夜、ひとりきりでいると、何をすればいいのかわからないね、確かに」
唇だけで笑って、瞬は、氷河の首に絡みつかせていた腕を解いた。
焦っている気持ちをひた隠し、瞬の頬にキスをすると、氷河はその唇を瞬の首筋に下ろし、そして、肩、胸、腹へとゆっくり移動させていった。

「んっ」
時々、ぴくりと瞬の身体が反応する。
感じていることをあからさまにすることは見苦しい振舞いだという固定観念を持っている瞬が、そういう反応を隠し切れずに表に出し始めるということは、瞬がこの接触に既に相当 酔わされているということだった。
もう少しすれば、瞬は、詰まらぬ考えや不安から瞬自身を解き放つ。
そう確信して、氷河は、瞬の膝に手をかけた。






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