氷河と抱きしめ合い、触れ合って体温を移し合う、この行為が瞬は好きだった。 自分は氷河という人間より、氷河とのこの行為の方が好きなのではないかという、恐れに似た感情を抱くほど、瞬はそれが好きだった。 無論、それは、自分を抱きしめているのが氷河だからなのだということはわかっているのだが、いずれにしても この行為が好きなことに変わりはない。 自分の肌が自分以外の誰かの肌と隙間なく触れ合っている感覚は、自分が自分一人きりではないことを瞬に教え、瞬を安心させてくれた。 氷河の体温は快い。 その身体の重みすら快い。 氷河が欲望を持っている事実を知らされるのも、それを自分の身体で受けとめることができることも、そうすることで自分自身までが恍惚となっていく事実も、すべてが瞬には嬉しいことだった。 それは、羞恥との戦いという葛藤を瞬の中に生むものでもあったが、羞恥心が氷河を求める心に負ける瞬間には、瞬はいつも安堵感を覚えた。 氷河を好きな気持ちに嘘はなく、氷河のためになら何でもできると思う。 ずっと氷河の側にいたいし、ずっと側にいてほしい。 氷河も二人がそうあることを望んでくれているはずだと思う。そう信じている。 にも関わらず、時に不安でたまらなくなるのは――。 「瞬」 名を呼ばれて、氷河の手が自分の頬に触れていることに気付く。 氷河の指先は、透き通った水で濡れていた。 「あ……」 いつのまにか、瞬はその瞳から涙を流していたらしく――しかも、それは性的な快楽が極まった時に流れるあの涙ではなかった。 なぜなのかはわからないが、瞬は胸が痛くてならなかった。 そして、胸の痛みと同じくらい、自分の身体が疼いていることに気付く。 このまま氷河を受けとめてしまったら、不安も恐れも忘れてしまえることがわかっているから、瞬は一瞬ためらいを覚えたのである。 だが、身体が疼く。 瞬の心は、氷河を抱きしめ、氷河に抱きしめられて安心したがっていた。 氷河を必要だと感じるのは絶対にこんなことのためではないはずなのに、今 小さな合図を示しさえすれば氷河をもらえるとわかっている瞬の心と身体は、脅すように強く瞬を急かしていた。 氷河の体温、唇の感触、その手に触れられ掴まれること、その腕と胸に抱きしめられ、押さえつけられること、一人では決して作れない温もりに身を浸し、酔い、温かさから痛いほどの熱に変わった互いを互いで包み合うことの快楽。 一度知ってしまったら、それらの感覚は、瞬を氷河なしではいられない生き物にしてしまったのだ。 「あ……ああ、僕……」 無意識に腰を浮かせて、氷河をせがむ。 「欲しくないのかと思った」 そんなことがあるはずがないのに、氷河は本気で そのあり得ないことを心配していたらしい。 「ああ……っ!」 多分これから自分は相当氷河に焦らされる――と察して、瞬は大きく身悶えた。 氷河に無用の心配をさせてしまった罰。 そうなっても仕方のないことではあるが、こんなことなら最初から、氷河が欲しいと素直にねだっていればよかったと、瞬は自分の振舞いを後悔したのである。 氷河を求めるあまり、まだ氷河は瞬の中に入ってきていないというのに、瞬の身体は既に彼が身の内にあるような錯覚に支配されていた。 身体の奥が、まだそこに存在しないもののためにひくつき、浅ましく痙攣している。 いったい自分の身体はどうなってしまったのかと、瞬は泣きたい気持ちで思った。 氷河が瞬を焦らそうとしなかったのは、おそらく彼が、そんな悠長なことをしていたら、瞬は本来は二人で到達すべき場所に一人で行ってしまうと気付いたからだったろう。 「ああっ!」 実際に氷河が身体の中に入ってくると、それまで自分の身体のある一点に集中していた瞬の感覚は、思い鎖から解放されたように全身に広がった。 つい先刻までは ひたすら身を縮こまらせる方向に動いていた瞬の身体が、大きくのけぞる。 本物の氷河の侵入は痛みを伴っていたが、その痛みは一瞬で瞬の身体の爪先や指先までを支配する快楽に変化した。 「ああ……いい……どうして……いい、ああっ!」 痛みを伴い、氷河に身体を押し潰されかけているといってもいいような この交わりが、なぜこんなにも心地良いのか。 瞬はいつもそのことを不思議に思っていたのだが、今ならその理由がわかるような気がした。 これは肉体の快楽ではなく、“安心”という名の快楽なのだ。おそらく。 氷河に必要とされていると思える快楽。 氷河に愛されていると信じられる快楽。 氷河は今、自分だけしか見ていないと感じることのできる快楽――。 心に感じることのできる ありとあらゆる快楽が、このまま狂ってしまえと言わんばかりの勢いをもって一斉に瞬に襲いかかってくるのだ。 「あ……あ、ん……ああ、ああ……!」 狂いかけている瞬は、いつもこの時に、氷河を永遠にこのまま自分の中に閉じ込めておきたいと願う。 実際にそうするために、瞬の身体は懸命に氷河を引きとめようとするのだが、自分の欲望を吐き出すと、氷河は瞬をその場に残して一人でどこかに行ってしまうのだ。 氷河が自分なしでは生きていられないものになればいいのにと、この時だけは心の底から思う。 二人の人間が溶け合い、一つのものになるような錯覚を伴った快楽は、それが強い感覚であればあるほど、氷河と離れたあとの瞬を不安にするものだった。 |