「つまり、人は自分に似ている者を求めるのか、自分にないものを持っている者を求めるのか――という問題なのか、これは」
瞬から聞き出した瞬の嘆きと不安の大意を1文にまとめたのは、紫龍だった。
彼と共に、瞬の訥々とつとつとした説明を辛抱強く聞いていた彼の仲間たちは、紫龍のまとめた概括をおおむね正しいと認めることはできたのだが、それでも彼等は一様に――概要をまとめた紫龍でさえ――合点のいかない顔をしていた。
紫龍の概括に間違いはないが、はたして瞬は真実を語ったのだろうか――というのが、彼等を得心させない原因と疑惑だった。
彼等の知っている瞬は、そんなことで思い悩むような人間ではなかったのである。

なるほど、瞬の懸念はわからないでもない。
人と人は、似ていると互いに反発し合うものだろう。
同じ欠点を持っていることもあるだろうから、同属嫌悪の念を生じることもあるかもしれない。
とはいえ、同じ価値観を持っている者同士は、根本的なすれ違いや決定的な決裂には至らない可能性が高い。
ある人間が一つの目的に向かって共に歩む際に最も適当なパートナーというのは、その人間に似ている人間なのではないか――という瞬の考えは、理に適っているような気がしないでもない。

だが、『一つの目的に向かって共に歩む二人の人間』が、なぜ よりにもよって瞬の兄と瞬の恋人なのか。
それが、瞬の考えを聞かされた者たちを混乱させたのである。
瞬は瞬で瞬なりに、その結論に至った理屈と事情というものを持ってはいるようだったが。

「氷河と一緒にいるのは楽しいの。毎日側にいられることが嬉しい。でも、二人でいると、何ていうか……何かが欠けているような気がしないんだ。僕と氷河は、似てるところが全然なくて、僕が持っていないものは氷河が持ってて、氷河が持ってないものは僕が持ってて、僕たちは欠けているところをすっかり補え合えて、二人でいると完全な円、完全な世界ができあがる――みたいな感じ」

結構なことではないかと口を挟もうとした紫龍を遮る意図はなかったのだろうが、瞬は紫龍に口をきかせなかった。
彼が口を開く前に、
「でも、それって人間としてどうなんだろう……って思うんだ」
と、彼の自分が抱えている迷いを言葉にする。

「人は、誰もが完全じゃなく、何かが欠けているものでしょう? 何かが足りない存在。自分がなりたい自分になれなくて、でも少しでも理想の自分に近付こうとして、その思いに突き動かされて、自分に欠けているものを得ようと努力するのが人間、自分を変えようと努力し続けるものが人間だよ。なのに僕は、氷河といるとそのことを忘れる。僕たちに欠けているものは何もないって気持ちになるから――」

それは“よくないこと”――なのだろうか。
星矢にはわからなかった。
世界は瞬の理想通りの世界にはなっていない。
当分――もしかしたら永遠に――この地上から争いと戦いが消えることはないかもしれない――おそらく、ないだろう。
それなら、一個人としての瞬くらいは安定した小宇宙しょううちゅうに存在していてもいいのではないかと思う。
少なくとも星矢は、瞬が氷河と幸福な世界に閉じこもっていても、文句をつけようという気にはならなかった。
瞬がアテナの聖闘士としての闘いを放棄するわけはないのだから、むしろ、闘い以外の時間くらいは変化のない穏やかさの中にいてほしいとさえ思う――のだ。

「その上、氷河と僕が一緒にいることを、完全だとか満ち足りているとか感じているのは僕だけなのかもしれない。僕が自分勝手な思い込みで、氷河を自由でなくしているのかもしれない。僕が氷河を僕に縛りつけているのかもしれない。そう思ったら、氷河には、欠けているものを補い合うような人間より、同じところが欠けていて、だからこそ、同じ目的に向かうことのできるような人の方が必要で、有益で、そういう人こそが氷河の側にいるべきなんじゃないか――っていう気持ちになって……」

「それで、氷河のベストパートナーとして白羽の矢が立てられたのが一輝ってわけか。そりゃまた……」
一輝にも氷河にも傍迷惑なプランである。
星矢は率直にそう思ったし、もちろん紫龍も氷河も同様だった。
ここにいて瞬の考えを聞かされていたら、瞬の兄も同じ感慨を抱いただろう

だが、それ以前に、である。
瞬はそんなことを、自分だけの考えで勝手に決めつけるような人間だっただろうか。
瞬は、自分のことならまだしも、他人の幸福はかくあるべしと決めつけるようなことをするような人間だったろうか。
星矢たちが知っている瞬は、絶対にそんな傲慢な人間ではなかったので、瞬の話を聞かされても、彼等の奇異の念は消えなかったのである。
彼等は一様に、瞬はまだ何かを隠しているのではないかと疑っていた。

「俺が一輝に似ているというのは心外だ。俺の方が はるかに いい男なのに」
氷河が茶化すような口調でそう言ったのは、だから、瞬の真意を探るためだったろう。
瞬が口許に ほとんど意味を成していない笑みを浮かべ、氷河に問い返す。
「氷河は、自分は兄さんに似てるって思わないの」
「思わん」
「どんなところが似てないの」
「俺は、俺が愛している者を自分の手で幸福にしたい男だが、おまえの兄は愛している者が幸福でいるのなら、それが自分のせいでなくても我慢できる阿呆だ」

用いられた言葉は、あまり美しい言葉ではなかったが、それはある意味では、氷河から一輝へのこれ以上はないほどの称賛と感謝の言葉でもあったろう。
実際、その相違によって氷河は多大なる恩恵を被っているのだから。
「百歩譲って、おまえの言う通りだとしてもだ。自分に似ている奴を見ていることは、自分の欠点を見せつけられるようで苦痛だぞ。俺も一輝も、どちらかと言えば自分を好きじゃないタイプの人間だ。自分の欠点を承知しすぎている」

似ている者同士が共に在ることの弊害を語ってから、氷河はきっぱりと断言した。
「俺と一輝が似ているとしたら、俺たちが同じ者を愛していて、同じ者に愛されているということだけだ」
断言してから、瞬に確認を入れる。
「そうだろう?」
「……」

氷河の言葉に頷くべきかどうかを、瞬は迷っているようだった。
迷ったあげく、結局 瞬は彼に頷いたのだが、瞬のその様子を冷静に観察していた氷河は、それで確信したのである。
氷河が瞬に同意を求めたことは、決して瞬が肯定を迷うようなことではなかった。
にも関わらず、瞬は即座の首肯をためらい、だが結局は頷いた。
瞬がこういう態度をとる時――それは、瞬が、対峙している相手の主張に逆らって彼の機嫌を損ねたくないと思っている時――である。
つまり、瞬は、“氷河”の言葉に異議があるにも関わらず、“氷河”を不機嫌にすることを恐れて、彼の言葉に同意した――ということ、だった。

氷河が瞬を愛していること、一輝が瞬を愛していること、氷河が瞬に愛されていること、一輝が瞬に愛されていること。
この4つの事柄のうち、“瞬”が“氷河”を不快にする可能性がある事柄はただ一つ。
それが瞬を悩ませている原因だと、氷河は確信したのである。
もちろん、非常に不快な気分で。






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