ローマ軍の司令官が、3人目のブリトン族が捕らえられたという報告を聞いたのは、その日の夕刻になってからだった。 今はローマの支配に甘んじている(振りをしている)カレドゥニー族の村に食料調達に赴いた二つのローマ歩兵軍団の兵たちが死傷者の出る騒ぎを起こしたというので、彼は二軍団間の仲介役として他の部隊に足を運ぶ羽目になっていたのである。 自軍の城砦に戻り、昨日の戦場跡で 捨て置かれている武器を拾いにきていた子供を捕らえたという報告を受けた彼は、その報告に妙に引っかかるものを覚えることになった。 「戦い方も知らない子供のようでしたが、とりあえず牢に入れてあります。敵は戦闘員どころか武器にも事欠いているようです。武器を見付けてきたら次の戦闘に参加させてやると言われて、あの辺りをうろついていたのだとか」 そんなにしてまで死にたいのかと呆れた口調で語る兵に、司令官は叱咤するように問い質した。 「あの金髪の野蛮人は牢を抜け出ていないだろな!」 「は?」 質問の意図を解しかねたらしい兵が、間の抜けた表情になる。 「何も知らない子供が、まだ血の匂いの残る戦場を、平気でうろうろしていられるか!」 成人していない子供は無力であり、戦うことはできない――というのは、ローマの軍規に慣れたローマ人の考え方である。 野蛮人の国では、女も子供も老人も、気概のある者はすべて戦闘員なのだ。 それほどに、彼等はローマの支配を憎んでいる。 というより、彼等は、ローマの圧倒的な武力に追い詰められ、それほど切羽詰まっているのだ。 ――が。 「あ……ん……」 牢に急いだ司令官が、そこで見ることになったのは、彼の想像とは全く違う、世にも妖しい光景だった。 彼がその場に見い出したのは、ローマへの飽くなき憎悪と反抗の光景ではなく、ローマの存在など無視しきった、ある意味では実に低俗で緊張感のない人間同士の営みだった。 ブリトン族の王と3人目の捕虜が、冷たい石の床で抱きしめ合い、ひどく生々しい口付けを交している。 3人目の捕虜は、王の膝を椅子代わりにしていた。 金髪の捕虜の方には、王としての尊厳も誇りも感じられない。 ブリトン族の王があと20も歳をとっていたなら、司令官は迷いなく、「この好色じじいが!」とブリトン族の王をなじり蔑んでいただろう。 ローマ軍の司令官の姿を認めると、あの黒髪の少年が、まるで救い主にでも出会ったような顔で、敵軍の将に訴えてきた。 「俺を別の牢に移してくれよ! あと1秒だって、こんなとこにいられるかっ!」 ローマ軍歩兵大隊の総司令官は、彼に大いに同情いることになったのである。 「ブリタニアの野蛮人は、家の中と言わず 外と言わず、その気になったらどこでも構わず獣のようにまぐわうという話は聞いていたが……慎みというものがないのか」 慎み以前に、この男には危機感がないのだろうか。 あるいは、ローマ軍の捕虜という現在の自分の立場がわかっていないのか。 これではブリタニアがローマに支配されるのも致し方のないことと、彼は思わずにはいられなかった。 「腐敗しきったローマの兵に言われたくはない」 愛人の身体をその腕に抱いたまま、ブリトン族の王が、ローマ軍の司令官に鬱陶しそうな目を向ける。 「俺がローマ軍に捕らえられたと聞いて、俺に会いたい一心でわざとローマ軍に捕まった健気な恋人だ。可愛がってやるのは当然だろう」 「……やはり、わざと捕まったのか」 どう考えても、戦いを知らない子供が、あの殺戮の場を呑気にうろついていることは不自然なのだ。 ローマ軍に捕まるためにそうしていたのだとしたら、その不自然にも合点がいく。 しかし、わざとローマに囚われた3人目の捕虜の目的は、王の救出ではなく愛欲のようである。 命より あさましい欲望の方が優先する人間の存在が、彼には理解できなかったが、野蛮人には野蛮人の常識と価値観というものがあるのだろう。 文明国の人間は 彼等の言動など理解できなくていいのだと、彼は自身を納得させようとした。 見れば、3人目の捕虜は、まるで媚を売る商売女のようにブリトン族の王の胸にしなだれかかり、細い肩を王の腕に抱きしめられ、その胸に顔をうずめて震えている。 女のように白く細い腕、肩、脚。 ローマ宮廷の悪習がこんな辺境の地にまで及んでいるのか、あるいは、理性を失った人間というものはローマもブリタニアも変わらないのか。 いずれにしても、ブリトン族が自分たちの王を救出するための活動を開始した――という考えは杞憂にすぎなかったらしい。 3人目の捕虜がわざと捕まったのは事実のようだったが、この細腕では何もできまい。 そう判断して、彼は、 |