翌日、私はもう一度会っていただくことはできないかと、城戸沙織嬢に打診を入れました。 あちらから指定してきた時は簡単に会うことができたのに(それも私が勝手に思い込んでいただけだったのかもしれませんが)、こちらから面会を求めると、さすがにグラード財団総帥、アポイントメントを取るのは非常に困難なことでした。 5、6度電話を入れて、やっと沙織嬢に30分だけ時間を割いてもらうことができたのは、主の降誕祭の前日のことでした。 いわゆるクリスマス・イブの日です。 沙織嬢が私のために時間をとることができたのも、その日の予定がパーティへの出席予定だけで埋まっていたからだったに違いありません。 「司祭様、明日の降誕祭に何か不都合でも」 おそらくパーティとパーティの合間の時間だったのでしょう。 私が待っていた城戸邸の客間に入ってきた時、沙織嬢は いかにも大掛かりなパーティ帰りといったカクテルドレスを身につけていました。 腕は、白い長手袋のせいでほとんど見えません。 お忙しい方に長くお手間をとらせるわけにはいきません。 私は挨拶もそこそこに、単刀直入に用件に入りました。 「その件ではなく――実は、私の許に氷河という名の青年がいるのです」 「えっ」 長い時間はとれないということだったのですが、私の言葉を聞くと、沙織嬢はすぐにセクレタリーらしい男性を呼び、彼に、 「経団連のパーティは欠席します」 と告げました。 そして、ひどく真剣な目をして私に尋ねてきました。 「氷河……金髪で青い目の?」 「ロシア語とギリシャ語を話せる大変美しい青年です」 「ああ!」 私のその言葉に確信を得ることができたのでしょう。 沙織嬢は、その瞳を――いえ、表情そのものを――ぱっと明るく輝かせました。 そして、私の手を取り、弾むような声で言ったのです。 「ありがとうございます、司祭様。よく知らせてくださいました。これで今年のクリスマスは最高のクリスマスになりますわ! 私は、彼はてっきり故国に帰ったのだとばかり思い込んで、そちらの方ばかりを捜させていたんですのよ。日本にいたなんて!」 沙織嬢は、氷河さんの所在を確認できたことを心から喜んでいるようでした。 おそらく彼女は最初から、氷河さんの為したことを罪だとは思っていなかったのです。 きっとそうだったのです。 「彼は、帰りたい場所に帰れないというのです。自分は神を傷付けた罪人だから、幸福になってはいけないのだと言っている」 「まあ、なんて馬鹿なこと! 私はこの通りぴんぴんしてるし、腕だって――」 『氷河から聞いているのでしょう?』と前置きをして、沙織嬢は私の目の前で右腕の長手袋をとりました。 そして、なめらかで自然そのものに見える腕を、長く伸ばして私に見せてくれました。 「どうです? 作りものとは思えないでしょう? 体温もあるんですのよ。怪我もしないし、どんなに重いものを持っても痛んだり疲れたりしない優れもの。もう一方の手もこれに変えようかと思うくらい便利なものですわ」 片腕の欠如ごときは、この美しく聡明な女性の強さを損なうものではなかったのでしょう。 沙織嬢のジョークに笑っていいものかどうかには、さすがに私も迷ったのですが、彼女の明るい眼差しは、結局私の心と唇に微笑を刻ませてしまいました。 「司祭様、ご協力くださいね。私のせいで愛し合っている者同士が離れて生きているなんて、毎日寝覚めが悪くてなりませんのよ。あの二人は幸せになるべきだと、司祭様もお思いになりますでしょう?」 沙織嬢は、私に協力を要請し、もちろん私は快諾しました。 側にいる人間がつらそうに生きているのを見ていることは、彼の側にいる人間も、やはり つらいものです。 私は氷河さんの、沙織嬢は瞬さんの、心からの笑顔を求めていた。 その望みが叶うというのなら、降誕祭の準備で忙しいこの時期が更に慌しいものになったとしても、大した苦ではありません。 「ありがとうございます。司祭様がリベラルな方でよかったですわ」 「?」 沙織嬢は奇妙なことを言って、また私ににっこりと微笑んでみせました。 それから私は城戸沙織嬢と楽しい計画を練ったのです。 彼女はとても美しく、機知に満ち、ほがらかで悪戯心にあふれた素晴らしい女性でした。 例え話にしろ、彼女を女神とも思っていたという氷河さんの言葉に、私は今更に深く納得しました。 氷河さんが彼女を慕う気持ちもわかります。 だからこそ彼は、彼女を傷付けた自分を許すことができなかったのでしょう。 けれど、彼の神は、その罪を微笑んで許してくれる神だったのです。 |