不機嫌な表情で自室に閉じこもってしまった氷河をずっと気にかけていたらしい瞬が、その様子を見るために白鳥座の聖闘士の部屋にやってきたのは、その日の午後。
氷河は、瞬に彼の気持ちを確かめた。
「瞬、おまえは俺を好きか」
「うん」
瞬が、一瞬のためらいも見せずに頷き返してくる。
「そうか」
その答え――疑念を挟む余地のない瞬の素直な即答に合って、氷河は決意した。
『瞬を好きだ。だから、瞬が嫌がることはしない』という苦しい決断を、彼は行なったのである。

もちろん、瞬を抱きたい。
瞬の身体は素晴らしい。
だが、瞬がそれを嫌だというのなら、仕方がないではないか。
氷河が自らの決意を実行に移したのは、その日の夜からだった。


その日の夕食後、瞬が特にそわそわしながら氷河のお誘いを待っていたのは、やはり昼間の痴漢騒動のせいだったろう。
痴漢に毅然とした態度をとらなかったせいで氷河の機嫌を損ねてしまった。
不機嫌そうに自室に閉じこもった氷河は、だが、時間になだめられたのか、午後には自分と口をきいてくれた。
氷河の機嫌が更に回復したことを、瞬は早く氷河と二人きりになって確かめたかったのである。
そうできるものと信じて、瞬は、いつも食後にラウンジで飲むお茶に砂糖とミルクを入れることも忘れるほど、氷河の動向を気にし続けていた。

だが、その時。
氷河が、それまで掛けていたソファからついに腰をあげた時、氷河が瞬に掛けた言葉は 瞬が期待していたものではなかったのである。
否、そもそも氷河がその言葉を瞬に向かって言ったのかどうかということすら怪しいものだった。
いつもなら『瞬、寝るぞ』と言う時、そのタイミングで、
「じゃあ、俺は先に休む」
そう、氷河は言ったのだ。

「え……」
瞬が、一瞬 虚を衝かれたような顔になったのは当然のことである。
瞬は、自分が何を言われたのか――何を言われなかったのか――咄嗟に判断ができなかった。
そうこうしているうちに、氷河はその言葉通り、一人で・・・先に・・ラウンジを出ていってしまったのである。
我が身に何が起こったのかを理解できずにいる瞬を、一人 その場に残して。

それがその日だけのことであったなら、氷河には何か用があったのだとか、体調が思わしくなかったのだとか、たまたま そんな気分ではなかったのだ――等々のことを、(無理をすれば)瞬にも思うことができた。
しかし、それが1週間続いたのである。
いくら瞬が鈍感でも、それだけの時間があれば、氷河は自分と二人きりで夜を過ごすことを避けているのだという事実を認識することはできた――できてしまった。
そして、瞬は、その事実に深く落ち込むことになったのである。

瞬の落胆は、瞬の仲間たちの目にも明白なものとして映った。
瞬は自分を偽ることができる人間ではなく、自分の感情を隠すこともへたな人間だったのだ。
というより、ショックが大きすぎて、自分の落胆を隠すことになど、瞬は全く気がまわっていないようだった。






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