「おまえに、礼を失したハシタナイところを見せて嫌われたくなくて、瞬は必死で我慢してたんだと」
瞬の冷感症の訳を知らされた氷河は、まず絶句した。
それから、素朴な疑問を口にする。
「我慢――といっても……。我慢しようと思って、あそこまで我慢できるものなのか? 死んだ冷凍マグロだって、もう少し反応があるぞ」

「おまえ、冷凍マグロと寝たことがあんのかよ」
星矢の突っ込みを、もちろん氷河は綺麗に無視した。
「だから、冷凍マグロでも解凍すれば食える程度の反応を示すのに、瞬はそれもなくて――」
「だから、瞬は、おまえに嫌われるのが恐くて、その不可能を可能にするくらい、気を張ってたわけ。健気じゃん」
「健気……?」

『過ぎたるは なお及ばざるがごとし』という孔子の言葉が、その時 氷河の脳裏をかすめて過ぎていった。
過剰な健気が冷凍マグロを生む事態は、第一質量を取得した錬金術師にも思い及ばぬ神秘現象である。
「俺は……瞬に俺が本気だということを知っておいてほしかったから、最初にそれを宣言しておこうと思っただけだ。その方が瞬も安心して、不安を覚えずに俺に身を任せてくれると思ったからだ。瞬に礼儀正しくしてほしくて、そんなことを言ったわけじゃない」

「まあ、そりゃそうだろうけどさあ」
一人の男としての氷河の打算と姑息な意図はわかるのだが、相手はなにしろ、氷河より よほど他者の気持ちを気遣って生きている瞬である。
こればかりは、相手が悪かったとしか言いようがない。
否、欲望に目が眩んでいた氷河は、瞬の人間性を見誤ったのだ。
それでも―― 一方的に氷河をドジと断ずることは、星矢にはできなかったが。

「おまえが真面目で真剣なのに 自分が軽い気持ちでいるのは失礼だと考えて、瞬はおまえより真面目かつ真剣になってしまったんだな」
「……」
礼儀作法と形式を重んじる日本人としても、状況を素早く把握し、その場にふさわしい臨機応変な戦法を採るべき聖闘士としても、瞬は見事な対応をしてのけた――ということになるのだろう。
二人の仲がぎこちないものになった原因は瞬の無知にあるが、どう考えても瞬に非はない。
当然 氷河には瞬を責めることはできないし、また責める権利も有していない――というのが、星矢と紫龍の下した判断だった。

「まあ、あれは堅苦しい儀式じゃなく、リラックスしてやるものだということを、瞬に教えてやるんだな。瞬の誤解は深いようだから、時間をかけてじっくりゆっくり解凍することをお薦めする」
責任の所在を追及するより、起こってしまった事態の改善に努める方が、こういう場合は賢明である。
そう考えたらしい紫龍は、至極妥当な和解案を氷河に提示してみせたのだった。






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