「一輝、あの子は本当にいい子だぞ。人間という奴が皆あの子みたいに綺麗で優しい心を持つものだったなら、俺もジレンマを感じることなく敵を倒せるのにと思えるくらい、本当にいい子だ。あんな子を寂しくさせておくのは よくない。兄と名乗ってやれ。あの子は、確かに夢を見すぎているようだが、多分兄が自分の期待を裏切る むさ苦しい男だったとしても、きっと許してくれる」
言葉には嫌味が混じっているが、その声音には嫌味の響きがない。
亡き母以外の人間を語る時に、これほど素直に これほど真摯な目をする氷河を見るのは、一輝はこれが初めてだった。
いつまでも死んだ者にこだわっている氷河を、一輝は愚かな男だと思っていたが、その愚かな男は決して悪い男ではないのだと、初めて彼は思った。

が、一輝は、氷河をそんなふうに変えてしまえる人間だからこそ、瞬に会う気にはなれなかったのである。
氷河と同じような戦い方をする聖闘士に、彼はなりたくなかった。
「会ったら、肉親の情に引かれてしまうかもしれない」
「それの何がいけない」
「俺はアテナの聖闘士だ。いつ戦いで命を落とすかもしれない。詰まらぬ未練を抱えていたら、聖闘士としてやっていけなくなるかもしれん。肉親の情など聖闘士には無用のものだ。俺は、マーマ第一の貴様とは違う戦い方をしているんだ」

「……」
その考えに同感はできないが、理解できないこともない。
だが、それでも氷河は、瞬に少しでも明るい笑顔を浮かべさせてやりたかった。
「それでも会ってやれ。わかってくれる。いい子だ」
「……」

食い下がってくる氷河に、一輝は尋常でなく驚かされ、同時に、戦慄めいたものを感じることになったのである。
瞬は幼い頃から、いつも側にいて守ってやりたくなるような子だった。
始めは、その頼りなさ、その無力のゆえに。
次には、その清らかさと素直さのゆえに。
これ・・が失われてしまったら 世界は存在する価値がないと 人に思わせてしまう何かを、瞬は持っている。
守りきれているうちはいいが、もし力及ばず それが失われてしまったら、瞬を守りきれなかった者には逃れ難い絶望が襲いかかってくるだろう。

一輝は首を横に振った。
自身が聖闘士として立ち行かなくなる危険を受け入れる無謀を冒すことはできない――と思う。
一輝の態度を煮え切らない臆病と思ったのか、氷河は怒りに眉を吊りあげた。






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