「俺は、神のように美しくもなければ、雪のように清らかでも花のように優しくもない。瞬をがっかりさせたくなかった。それくらいなら理想の兄として、瞬の思い出の中にだけ存在している方が、瞬のためにもいいだろうと思ったんだ」
「おまえ、肉親の情がどうとか言いながら、ほんとにそれが理由で瞬に兄と名乗らずにいたのかよ」

星矢が、呆れたように鳳凰座の聖闘士を見やる。
それが本当の理由を韜晦とうかいしようとする一輝の嘘であったにしても――だとしたらなおさら―― 一輝の嘘は瞬のためのものであろうから、彼の仲間たちは彼の言葉をそのまま受け入れた。
一輝が弟と会うことを避けた本当の理由など どうでもいいことである。
既に二人は出会ってしまったのだ。
二人は出会い、そして、瞬は一輝を兄と認めたのだ。

「変な兄さん。兄さんは、僕が思っていた通りの兄さんですよ。神のように美しくて、雪のように清らかで、花のように優しい――」
10年振りに出会うことのできた兄の側を、瞬は離れようとしない。
それは何があっても切れることのない絆で結びつけられた仲の良い兄弟の 美しくも心温まる光景であったのだが、その兄弟の横で氷河はすっかり臍を曲げてしまっていた。

瞬の乱入で中断させられた白鳥座の聖闘士と鳳凰座の聖闘士の私闘は、結局 決着がつかぬままお流れとなった。
しかし、二人のバトルの見物をしていた者たちは全員が、この戦いの勝者が誰であるのかを はっきり認めていたのである。
聖衣さえ授けられておらず、聖闘士になるための修行を積んだこともない、見るからに非力で華奢な“一般人”の少年が、その戦いの勝利者だった。

「にしても、いくら小宇宙は腕力じゃないつっても、瞬の小宇宙、へたをすると一輝や氷河の小宇宙より強くて大きかったぞ」
「小宇宙というものは、肉体の鍛錬だけで身につくものではないということだろう。少し……アテナの小宇宙に似ていたな。攻撃的でなく、守り包もうとするような」
星矢と紫龍はすっかり 瞬を新たな仲間として認め受け入れてしまっている。
一輝と氷河を押さえつける力を持つ仲間の登場は、彼等には実に喜ばしいことだったのだ。

『アテナは、あの子が聖闘士になるべき人間なのではないかと感じて、彼を聖域に留めおいていたのだよ』
一輝と氷河の私闘を止めもせず高見の見物を決め込んでいた乙女座の黄金聖闘士に、想定外の結末を迎えてから そう言われた時には、星矢も紫龍も――もちろん、氷河も一輝も――、『先にそれを言ってくれ!』と胸中で叫びはしたのであるけれども。






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