以前ご主人様からミルクを買ってくれたあの年とった女中さんは、私の分も食べ物を用意してくれました。
「ほんとによかったよ。あたしらみたいに人に雇われてる身の者には、何かしてやりたくても その力がないからねえ。うちのご主人様は本当に良いことをなすった」
まるで これまで自分が何もしなかったことを弁解するように そう言って、彼女は私のご主人様がいるベッドの上に食事用の小さなテーブルを置いて――お金持ちというのは、病人のようにベッドの上で食事をとることがあるようですね――そこに、パンと温かいスープと肉のソテーと果物の入った皿の載ったトレイを置きました。

その食事に手をつけることを、ご主人様はためらっていらした。
彼に食べ物を施されること――は、ご主人様には耐えられないことだったのでしょう。
それを施しでないものにしようとしたら、ご主人様は彼に提示された仕事を――罪を――犯さなければなりません。
その上、その食事に手をつけるということは、生きるという苦難を もう一度始めるということでもあるのです。
彼に屈して罪を犯し、無情で無慈悲な人間たちの生きる世界に再び我が身を置くということなのです。

「いいんだよ。おまえは食べて」
私がご主人様のベッドの足元でエサを前に動けずにいることに気付いて、ご主人様はそう言いました。
けれど、そんなことができるわけがありません。
私はいつもご主人様と共にあると決めていました。
ご主人様がその食事をとらず、やはり死を選ぶというのなら、私はご主人様のお供をしなければなりません。

「おまえは食べて。おまえまで僕の意地に付き合うことはない――僕に殉じることはない」
私は、それでも動きませんでした。
ご主人様が食事をとるまで私もエサを食べない覚悟でいることを、ご主人様は察したのでしょう。
震える手で、瞳に涙をにじませて、ご主人様はスプーンを手にとりました。
そして、スープを一口 口に含みました。
ご主人様は、私のためにもう一度生きる決意をなさったのです。

悲しいかな、私は畜生の身です。
その瞬間、私はエサが盛られた大きな皿の中に、黒い鼻面を突っ込んでいました。






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