人間というものは、実に身勝手で呆れた生き物です。 人間の社会の仕組みというものが、私には理解し難い。 ご主人様がコンクールで賞を取り、この町出身の唯一の有名人で 町の誇りでもあったルーベンス以上の天才と褒めそやされ始めると、賞を取る前にご主人様が描いた絵までが高額の値で売り買いされるようになりました。 以前、村でご主人様を顎でこき使っていた村の地主が、村にいた頃にご主人様が描いた小品を探し出し、恥知らずにもその絵にサインを入れてくれと頼みにやってきたりもしました。 私は意地悪だった地主にいっそ吠えついてやろうかと思ったのですが、ご主人様は黙ってその絵を引き取り、地主にはもっと華やかでカラフルな別の絵をやってしまったのです。 なぜそんなことをするのかと、私が不思議そうな顔をすると、ご主人様は寂しそうに笑って言いました。 「この絵を手元におきたいの。忘れてしまわないように」 何を? 何を忘れてしまわないために? 私にそう告げたご主人様の表情には激したところがなく――ですから、ご主人様が忘れまいとしていることは、ご主人様に冷めたくした者への恨みではないようでした。 いいえ、やはりそれは恨みだったのかもしれません。 恥知らずな地主への恨みではなく、ご主人様を一度は見捨てた世界というものへの恨み。 でも、それも違うのかもしれません。 ご主人様の本当の気持ちは、私にはわかりませんでした。 |