その一言は、私の自尊心をいたく傷付けた。 「おまえに育てられた おまえの弟子がクールな聖闘士になれているわけがないだろう」 その言葉を私に告げたのが、私の仲間の一人だったゆえに。 そして、私が、寿司職人でもなければ石工や大工の親方でもなく、(これは声を大にして言いたいところなのだが)手踊りの師匠でもなかったがゆえに。 私は、地上の平和と安寧を守るという崇高な使命を持ち、人類に対する重大な責務を負っているアテナの聖闘士。 その中でも最高位に位置する黄金聖闘士の一人なのだ。 今は私の手を離れて、彼自身の仲間たちと共に戦っている私の弟子――白鳥座の聖闘士である氷河。 彼がクールでないということ――クールに敵を倒すことのできる聖闘士でないということ――は、私の育てた弟子が、人類に対して重責を負っている聖闘士として未熟であり、出来損ないだと言われているも同然のことである。 そして、それは、私が私の責務を果たすことができなかったと言われているも同然のことだったのだ。 「おまえの弟子がクールな男になっていると言い張るのなら、そいつを我々の前に連れてきて見せてみろ」 「む……」 そうまで言われながら、私が、 『よかろう。連れてきてやる。私の弟子のクール振りを その目で確かめ、私への侮辱を土下座して詫びるがいい』 と啖呵を切らなかったのは、もちろん私が 仲間たちの無礼には腹が立ったが、私の弟子が私の望んだようなクールな聖闘士になっているかどうかということについては、私もほとんど自信がなかったのだ。 氷河が我々黄金聖闘士とは違う場所で、アテナの聖闘士としての務めを立派に果たしていることは、他ならぬアテナその人から報告を受けて、私も承知していた。 だが、この場合の『立派に』は、『邪悪の者に屈することなく』という程度の意味でしかなく、氷河が“クールに”敵を倒しているという事実を伝えるものではないだろう。 私の弟子は重度のマザコンで、シベリアでの修行中、彼は花よりも多くの涙を 母の亡骸に供えていた。 その記憶が鮮明だったせいもあり――氷河が私の期待通りの聖闘士になっているのかどうかということについての私の不安は拭い去ることができなかった。 とはいえ、仲間たちによって加えられるこの侮辱は、私には耐え難い。 汚名は返上されなければならない。 問題は、私を侮辱した仲間たちの前に氷河を連れてくることで、出来損ないの聖闘士を育てたという私の汚名は返上することができるのかどうか、ということだった。 現在の氷河が“クールな”聖闘士であってくれれば、汚名返上という私の目的は即座に果たされる。 が、もしそうでなかったとしたら、私は私の汚名を返上するために何らかの策を弄さねばならないことになるだろう。 私はまず、自分の目で、私の弟子の現状を確かめることにした。 そういうわけで、私は早速 日本にいる私の弟子に手紙を書いたのである。 電子メールの方が早いことはわかっていたのだが、師匠が久し振りに弟子と対面する約束を取りつけるのに、そんな人間味のないものを送るのは雅趣に欠けるというもの。 まあ、それは表向きの理由で、実際は、私が携帯電話やパソコンの類のものの扱いがよくわからないせいだったのだが。 『役目、ご苦労。おまえとおまえの仲間たちが立派に務めを果たしていることをアテナから伺い、非常に嬉しく思っている。幾多の戦いを経験して、おまえも さぞやクールな男になったことだろう。ところで、私のクールな弟子の成長した姿を、私の仲間たちがぜひとも見たいと言っているのだ。2週間後、そちらに迎えに行くので、準備をしておくように』 私は氷河への手紙をしたためると、簡単に事情を伝え、それをアテナに託した。 氷河は現在、ギリシャ聖域ではなく、アテナが育った極東の国で彼の仲間たちと共にアテナの身辺を守る務めについているのだ 氷河に直接こちらを訪ねて来いと言わなかったのは、万一私の弟子がクールとは程遠い男に成り果てていた時の対策を練る時間を稼ぐため。 つまり、私は、結局のところ、そのための時間が必要になるだろうと思っていたことになる。 あの氷河がクールな聖闘士になっているなど まずありえないことだと、氷河の師である私自身が信じていたのだ。 |