そして、2週間後。
私は日本にある我等がアテナの私邸を訪ねた。

グラード財団総帥でもある女神アテナは、財団の本部がある日本と、女神アテナの御座所である聖域を行きつ戻りつして、二つの重責ある務めを果たしている。
アテナが日本にいる間は氷河たち青銅聖闘士が、聖域に来臨されている時には我々黄金聖闘士が、その身を守っているというわけだ。
アテナは月の半分を日本で、残りの半分を聖域で過ごされている。
そのアテナの日本での住まいに、私の弟子は仲間たちと共に暮らしているのだ。

私はもちろん、氷河は、尊敬する恩師を、
『よくいらしてくれました、我が師よ!』
と涙ながらに出迎えてくれるものとばかり思っていた。
が、私のその思惑は外れた。
氷河は数年振りに会った師匠の姿を見ても眉ひとつ動かさず、実に素っ気なく、
「久し振りです」
と言っただけだった。

弟子との再会を果たしたら、何はおいてもまず最初に、
『クールな聖闘士なら、久し振りに師に会えたくらいのことで泣くものではない!』
と氷河を一喝するつもりだった私は、大いに気が抜けてしまったのである。
別に私は氷河との涙の再会を期待していたわけではない。
しかし、無力な孤児にすぎなかった氷河をアテナの聖闘士に育て上げた恩師との再会の儀礼として、氷河の態度はあまりに味気なさすぎた。

城戸邸のエントランスホールで思い切り肩透かしを食った気分でいた私を、客間に案内してくれたのは、氷河と共に私を出迎えてくれた女の子のような顔をした少年だった。
おそらく、アンドロメダ座の聖闘士――だ。
氷河は彼の仲間の紹介をしてくれなかったのだが、彼のことは私も噂には聞いていた。

日本にいる青銅聖闘士たちは皆、時折 黄金聖闘士をもしのぐのではないかと思えるほど強大な力を発揮することがあるらしいのだが、その中でもアンドロメダ座の聖闘士は神が憑いているのではないかと思えるほどの力の持ち主であるらしい。
噂ではそういうことになっていたのだが、実際に見るアンドロメダ座の聖闘士は、どちらかというと華奢で人好きのする優しげな印象の強い少年だった。
この細腕で、全長も質量も謎とされているアンドロメダ聖衣のチェーンを縦横無尽に振り回すというのだから、人は見掛けによらないものだ。

そのアンドロメダの案内で通された客間に、氷河の仲間とおぼしき少年が更に二人。
おそらく、天馬座の聖闘士と龍座の聖闘士。
ここに放浪癖があるという鳳凰座の聖闘士が加わって、アテナ寵遇の青銅聖闘士5人が揃うというわけだ。

その5人の中に私の弟子が含まれているということは、私には非常に誇らしいことだった。
私の同輩たちは、おそらく氷河という聖闘士を育てあげた私を妬んでいるのだ。
そういえば、私を馬鹿にした黄金聖闘士の中に老師はいらっしゃらなかった。
老師は前聖戦の唯一人の生き残りにして、龍座の聖闘士をお育てになった方、そもそも他の奴等とは格が違うのだ。

「へー。これが氷河の師匠かよ? 水と氷の軽業師とか言われてる水瓶座の黄金聖闘士なんだろ。ブリザードでもしょってくるのかと思ったら、随分のんびりしたツラで。うわー、おもしれー眉毛!」
と、無礼千万な歓迎の辞を述べてくれたのが天馬座ペガサスの聖闘士だ、多分。
ええい、氷河はなぜ師と仲間たちの間で仲介の労を取ろうとしないのだ。
先程から私は『おそらく』と『多分』ばかりを連発しているではないか。

それはさておき。
私にそう言ったペガサスは、いかにも悪意のない人懐こそうな目をした少年で、口にした言葉は無礼極まりないものだったが、私はさほど不快にはならなかった。
私が不快になったのは、むしろ、
「まあな」
という、ペガサスに対する氷河の素っ気ない答えの方だった。
私の異名は『水と氷の魔術師』だ。
氷河はなぜ訂正を入れないのだ!

師匠を仲間に紹介もせず、仲間を師匠に紹介もせず、その上 仲間の誤った知識を訂正しようともしない我が不肖の弟子。
氷河には、クール以前に、常識とコミュニケーション能力に問題があるような気がしないでもない――いや、確実にそうだ。
いったい氷河は、これで仲間たちとうまくやっていけているのだろうか。
氷河の師として、私はひどく心配になってしまったのである。

ともあれ、気の利かない弟子に頼ってはいられない。
私は、氷河の仲間たちに、自分で自分を紹介した。
「よろしく。氷河の師、水瓶座アクエリアスのカミュだ。人は水と氷の“魔術師”と呼ぶようだが」
自己紹介がてら、私は自分でペガサスの間違いを正した。
間違いを正されたことにペガサスが気付いたのかどうかは わからなかったが、私の自己紹介を受けて、彼は――彼も――私に名を名乗ってきた。

「あ、俺は星矢。ペガサス座の聖闘士だ」
「紫龍。ドラゴンの聖闘士です」
氷河の仲間たちは、氷河に比べればまだ常識というものを備えているらしい。
あるいは、彼等が発揮した常識と礼節は、氷河の紹介など待つだけ無駄ということを知っているが故の、やむにやまれぬ行動だったのかもしれないが。
先程エントランスホールで氷河と共に私を出迎えてくれた少女が――もとい、少年が、最後に口を開く。

「あ、僕は――」
「瞬だ。アンドロメダ座の聖闘士」
今になって氷河が自分の役目を思い出したとは思えなかったが、どういうわけか氷河はアンドロメダだけは、当人になりかわって私にその名を知らせてくれた。
彼は、氷河の紹介を受けて、
「よろしくお願いします、カミュ先生」
と言い、愛想のよい微笑を私に向けてきた。

アテナ気に入りの5人の中では、アンドロメダがいちばん礼儀を心得ているらしい。
彼は私に対して深々と頭を下げ、そうされることで私はやっと、自分が彼等より格上の黄金聖闘士だという事実を思い出すことができたのだった。

「氷河が世話になっている。氷河は君たちにさぞかし迷惑をかけているのだろうな。なにしろ気の利かない不肖の弟子だから」
アンドロメダの低姿勢に力を得て、私は早速氷河の仲間たちに探りを入れてみた。
「私は氷河を『クールな男であれ』と指導してきたのだが、氷河は私の教え通りに戦えているだろうか? 情に流され、君たちの足手まといになってはいないだろうか?」

私がさりげなく尋ねると、氷河の仲間たちは一瞬 何やら含みのある視線を交し合った。
普通の人間なら見過ごしていた所作だっただろうが、なにしろ私は光速の拳をも見切る黄金聖闘士。
彼等の周囲に生じた微妙な空気の流れまでをも、私は感じとることができたのである。
黄金聖闘士といえども、人の心を読めるわけではないので、その理由まではわからなかったのだが、それは敵とのバトルが始まる直前に自ずから生まれてくる、身が引き締まるような あの緊張感にも似た空気だった。






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