私はアテナの聖闘士。
その中でも最高位に位置する黄金聖闘士・水瓶座アクエリアスのカミュだ。
当然のごとく、私の仲間たちも黄金聖闘士。聖闘士のヒエラルキーで言えば、全聖闘士の頂点に立つ男たち――ということになる。
その黄金聖闘士たちに、青銅聖闘士にすぎない氷河が告げた挨拶は、
「白鳥座キグナスの聖闘士、氷河だ」
それだけ。
氷河は、彼の隣りに立っているアンドロメダの紹介もしなかった。

別に揉み手をして『こんち お日柄もよろしく、黄金聖闘士の旦那様方におかれましては ご機嫌麗しく、恐悦至極に存じます』などと言ってほしかったわけでもないだろうが、私の弟子のいかにも億劫そうな手抜きの自己紹介に呆れたらしく、私の仲間たちは一様に眉をひそめた。

「『こんにちは』も『よろしく』の一言もなしか。愛想のない奴だな」
「俺は虚礼は好まない。尊敬できる相手にのみ礼節を尽くすことにしている」
「それは、我々が尊敬できない人間だということか」
「歳を食っているからという理由で、人となりも知らないおっさんを尊敬できるか」
「ほう。一度拳を交えてみるかね」
「力で他者の尊敬を得られると考えているのなら、貴様の脳みそは筋肉でできているんだろう」
「なにっ」
「失礼。一介の青銅聖闘士の言うことだ。年寄りの分別で受け流してくれ」

一介の青銅聖闘士が、黄金聖闘士の集団を向こうにまわして、この言い草である。
傍若無人というか、怖いもの知らずというか、大胆不敵というか、弟子のクールさに私は目眩いを覚えた。
氷河がクールにあしらってのけているのは私を侮辱した者たち、いいザマと言えば言えたが、しかし氷河のそれは、クールというより暴虎馮河。
勇敢というより身の程知らず。
何より無礼を極めた無礼で、私が弟子に礼儀を教えなかったように思われる行為だった。

同じことを、氷河に比べればまだ常識を備えているアンドロメダも思ったらしい。
「氷河……。いくら何でも失礼だよ! そういうのはクールって言わない。ただの礼儀知らずだ」
彼は氷河の上着の裾を引っ張って、小声で仲間をたしなめた。
アンドロメダの叱責は実に妥当なものだったのだが――。
そう、氷河とアンドロメダは、勢揃いした黄金聖闘士たちの前に、聖闘士の礼装ともいえる聖衣も身につけずに立っていた。
アテナのご臨席はないにしても、場所はアテナ神殿の玉座の間、その上、黄金聖闘士たちは皆 聖衣を着用しているというのに、だ。
だからなおさら、私の目には、氷河の振舞いが無防備な子供の無鉄砲に見えてならなかったのである。

私は、氷河の恋人である(らしい)アンドロメダが男子であることに困惑を覚えていたのだが、可愛ければ男でも女でもオランウータンでもチンパンジーでも構わないと考える人種が、この世には 確かに存在するらしい。
その方面のことには目ざとく勤勉な蠍座の黄金聖闘士が、まさにそういう人種だった。

どうせ青銅聖闘士の相手をするのなら、礼儀知らずの無愛想な男より、礼節を知っていて可愛げのある子の方がいいと考えたのだろうミロが、実に迅速な動きでアンドロメダの側に近寄る。
「こっちの子は? カミュの弟子よりよほど常識がありそうだが。その上、実に可愛い」
アンドロメダへの接近を図ったミロを、氷河は光速の動きで遮った。
そうして私の弟子は、蠍座の黄金聖闘士に胡散臭そうな視線を向け、実に堂々とした態度で、
「触るな。俺のものだ」
と言ってのけた。

氷河があまりに堂々としているので(アンドロメダは歴とした男子だというのに!)、私は手で顔を覆いたくなってしまったのである。
が、さすがは(腐っても)黄金聖闘士。ミロはミロで、氷河の堂々とした態度ごときには ひるむ様子を見せなかった。
「名を聞くくらい、いいではないか」
彼は氷河に食い下がった。
自らの夢や希望(や欲望)に対して一心不乱なのは結構だが、私の周囲にはどうしてこんなのしかいないのだ!

「瞬には、どこの馬の骨とも知れない男に名を名乗る義務もなければ義理もない」
言っておくが、ミロは、“こんなの”でも一応 蠍座の黄金聖闘士だ。
蠍の尻尾くらいならともかく、馬の骨は失礼だろう。
アンドロメダが再び氷河の服の裾を引って、氷河の非礼をたしなめる。
そうしてから彼は、いかにも人好きのする やわらかな微笑を、蠍座の黄金聖闘士と他の黄金聖闘士たちに向けた。

「瞬です。氷河と同じアンドロメダ座の青銅聖闘士です」
「可愛いねー。隣りの男と比べると、格段に素直そうで」
ミロが生意気な青銅聖闘士を挑発するように、アンドロメダではなく氷河に向かって そう言い、
「見る目はあるようだが、尊敬に値する美徳ではないな」
氷河がそれを受けて立つ。
黄金聖闘士を相手に、氷河はどこまでもクールで、どこまでも無謀だった。

「まあまあ、二人共落ち着いて」
仲裁に入る者がいなかったら、二人はそこで、地上の平和も人類の安寧もぶち壊しにする見苦しいバトルを開始していたかもしれない。
険悪な二人の間に入って一触即発状態の聖闘士たちを鎮めてくれたのが、よりにもよって『えーい、面倒ー!』のアイオリアだったことに、私は色々な意味で尋常でない情けなさを感じることになったのである。






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