そうして3年。 基地内で最も知識と経験(と体力)のある人間が何の役付きでもない状況は、基地の運営上 色々と不都合があるとかで、俺は調査団本部に呼び出しを受けた。 いい加減 何らかの役職に就いてくれと本部の理事たちから要請があり、呼び出しの理由は事前にわかっていたので、俺はそれを断るために調査団の本部があるノヴォシビルスクに出向いたんだ。 俺が本部に行くのは半年振りくらいのことだったと思う。 用向き自体はすぐに片がついた。 本部の人事部長は、俺が俺の実年齢を告げると、半分パニックに陥りながら、理事たちの要請の実行を断念してくれた。 20をいくつか越えただけの若造に、危険地域にある基地の100人以上の職員の監督権を与えることには、さすがに問題があるだろう。 だいいち、この俺に、人間のマネージメントができるわけがない。 沙織さんのコネで調査団に潜り込んだようなものだった俺は、履歴書や身元確認書等の書類を本部に提出していなかったんだが、それにしても人事部長はいったい俺を何歳だと思っていたんだか。 聞いてみればよかった。 まあ、それはどうでもいいことだ。 半年振りに訪れた調査団の本部ビルで、俺は、以前半年ほどクラスノヤルスクの基地で一緒に働いていた一人の女性の死を知ることになった。 交通事故だったらしいが、彼女はクラスノヤルスクの基地にいた頃に、物好きにも俺に色目を使ってきた女たちの中の一人だった。 デパートもレストランもない基地での生活に退屈したのか、半年ほどで移動願いを出し、ノヴォシビルスクに程近いところにある他の基地に移ったと聞いていた。 相手は俺ではないにしろ、普通の男と結婚して普通に子供を産み、普通の家庭に収まるのだろうと思っていた女性――27歳だったそうだ。 俺は驚いた。 悲しいわけではなく、純粋に驚いた。 普通の人間は 老年の域に入るまで死を意識しない生活を送るものだと、俺は思っていたから。 事故死というなら、実際 彼女は死の直前まで自分の死に怯えることもなく生きていたのだろうが。 俺は――かなり間抜けだと自分でも思うが――聖闘士でなくても死はすぐそこにあるものだということを、その時初めて知ったんだ。 死。 その言葉が現実味を持って俺の前に再び現われた時、俺が真っ先に考えたことは、瞬も 瞬も、明日死ぬことがあるのか? ――ということ。 瞬は面立ちの印象が優しく、気が利き、世話好きで人好きのする人間だった。 俺のように我儘で気まぐれな人間にも不快を感じさせたことがなく――つまりは、人の感情を読み取る術に長けていて、人に不快を与えない振舞いを心得ている人間だった。 そんな瞬には友人もすぐにできるだろうし、聖闘士でなくなり周囲の環境が変化しても、瞬ならば容易に新たな人間関係を構築することができるだろう。 俺は、その点に関して瞬を心配したことはなかった。 仲間たちの中では、瞬が最も早く普通の人間の生活に馴染むことができるようになるのだろうと思っていた。 瞬は、アテナの聖闘士の中では、誰よりも平和と日常がよく似合う人間だった。 だが、平和な世界の日常にも、事故や病気がないわけではないのだ――。 瞬に何かあったら沙織さんが連絡をくれるだろうからと、俺はそれまで瞬の身を案じたことはなかった。 瞬と瞬の身体を思い出さない日はなかったが、瞬の生死を心配したことはない。 そして、この3年の間、沙織さんからそういった連絡が入ることはなかった。 今現在瞬は健康で、無事に生きているということだ。 だが、明日もそうだと言い切れるだろうか。 何かあってからでは遅いんだ。 最悪、瞬が何らかの事故に巻き込まれ、命を落とすようなことがあったとしたら――。 葬式の連絡をもらってから日本に帰っても、それは無意味だ。 死んでから瞬に会っても何にもならない。 そう考えると、居ても立ってもいられなくなって、俺は即座に日本に向かう飛行機の手配に取りかかった。 当分不在にすると基地に連絡を入れたのは、この3年間で俺にも多少は普通の人間の生活習慣を身につけることができていたということなのだろう。 あまり愉快な別れ方をしたわけではなかったのに、俺は瞬との再会を恐れてはいなかった。 というより、生きている瞬に再び会えるならそれだけでいいと、俺は思っていた。 瞬が生きていてくれさえすれば他に望むことはないと、空の上で俺は思っていたんだ。 |