二人はしばしば城戸邸に帰っていたというわけではなかったらしい。 俺が日本に行った まさにあの日、星矢は2年半振り、紫龍は3年振りに日本の土を踏んだのだそうだった。 星矢はあれからしばらくの間は日本にいたんだが、半年ほどで保育士の仕事に飽き、国際緊急援助隊に志願して、3年前のあの日に始まった戦争が生むことになった難民キャンプでボランテイアをしていたとか。 そして、紫龍は中国から。 二人は、俺と同じように、数日前 突然瞬の身が心配になって、急遽帰国を思いついたらしい。 瞬のあの輝くような笑顔は、数年振りに仲間たちと再会できた喜びのためのものだったんだ。 それにしても――星矢も紫龍も、これは変わりすぎだろう。 「でも、いちばん変わったのは瞬だよな」 まるで俺の考えていることを見透かしたように、星矢が言う。 二人はたった一脚しかない椅子を瞬に譲り、自分たちはその両脇を固めていた。 まるで三人掛かりで、俺という敵を改心させるべく臨戦態勢をとっている正義の味方のように。 無言でいる俺の代わりに、紫龍が星矢に頷き返す。 「同胞である神々をすべて滅し去った時の沙織さんでも、ここまで美しくはなかった」 「……」 俺が気のきいた褒め言葉を言いやすいように、二人が気を遣ってくれているのはわかるんだ。 だが、俺は何も言えなかった。 星矢が、俺のだんまりに呆れたように肩をすくめる。 「瞬がこんなふうに生き生きした表情を見せてくれるようになったのは、おまえを迎えに行こうって決めてからだけどな。それまでは――いや……いくら綺麗になってもさ、おまえが側にいないんじゃ、綺麗の無駄使いっていうか、宝の持ち腐れだろ。だからさ」 瞬は俺を待っていたのだそうだ。 一人でじっと待って待って、そして、諦めかけた。 「多分、瞬は本当は諦めたくなかったんだ。だから、俺たちを呼んだ。実際に連絡をもらったわけじゃないけど、虫の知らせってやつ? 俺たちは、なにしろ仲間だもんな」 「もしかすると一輝も来ていたのかもしれない。瞬のSOSの内容が内容だったから腹を立てて、取って返しただけで」 思いを募らせて美しくなった花は、だが憔悴しきって枯れかけていた。 「俺だって腹は立ったぜ! 瞬の身に何かあったのかって心配しながら一日半もかけて日本に帰ってきたのに、瞬が死にかけてる理由が 氷河が馬鹿なせいってんだから!」 瞬から事情を聞きだした星矢は、 「そりゃあ、馬鹿をここに呼びつけるか、おまえが馬鹿のとこに行くしかないだろう」 と、瞬に言ったのだそうだった。 悩むほどのことかと、星矢は思ったのだろう。 それは実に星矢らしい。 俺の知っている星矢なら、そう言うはずだ。 だが――。 「俺は――俺の見知らぬ男が瞬にキスしているのを見て、俺は瞬にとって遅れてきた男なんだと――」 あれが星矢だった? そんなことはありえない。 星矢はそんなことをする奴じゃなかったはずだ。 3年前までは。俺の知っている星矢は。 馬鹿の告白に、星矢が舌打ちをする。 「やっぱり、おまえも俺たちと同タイミングで日本に来てたんだな」 「……」 事実だったが首肯しにくくて、俺は沈黙を守った。 星矢が、そんな俺の頭を殴りつけてくる。 チビだった頃にはできなかった芸当だ。 「俺が行ってた難民キャンプにいる人たちはさ、みんな戦禍を逃れて着の身着のままで家を捨ててやってきた人たちばかりなんだ。だから、俺たちが救援物資を運んでやっても、仮設の家を建ててやっても、何の礼もできねーわけ。言葉も母国語しか使えないしさ。俺たちは別に礼だの感謝だのが欲しくて活動してるわけじゃないんだけど、あの人たちは自分の感謝の気持ちを表わすために、相手の身体を抱いてキスするんだ。でも、風呂にもろくに入れない環境にいるから、人によってはそれさえも遠慮する。だから、俺は、俺の方からあの人たちを抱いてキスしてやることにしたんだ。それが癖になっちまって、俺、最近は誰彼構わずそうすることにしてんだよな。それで大抵の気持ちは通じる」 「俺はキスは拒み通したぞ」 紫龍が敢然とした態度で主張し、星矢はそんな紫龍に顔をしかめた。 「そんなんじゃ、あそこではやってけねーぞ。あそこでは、『頑張れ』も『ありがとう』も、みんなそれで済ますんだから。ああ、それから『ごめんなさい』もな」 さっさとそうしろと、星矢が俺をけしかけてくる。 それで許されるものなら、俺だってそうしたい……! 瞬の今の男たちが星矢と紫龍だったと知っただけで、俺の中にあった嫉妬心は嘘のように綺麗に消え去ってしまっていた。 心を隠すようなサングラスをかけた男たちへの瞬の親しげな態度も、当然のことだ。 俺たちは家族のようなもの――家族以上のものたちだったんだから。 (星矢のサングラスは、砂だらけの道なき道で大型トラックを走らせる時の必需品らしい。紫龍のそれは、髪を切って印象が変わったことを仲間たちに笑われないために、日本に来てから購入したものだそうだ) 3年振りに会うことのできた仲間。 『おまえは馬鹿の側にいるべきだ』と、道を示してくれた仲間。 そんな仲間たちを、瞬が愛さないわけがない。 瞬は待っていたんだ。 じっと俺を――世界一の大馬鹿者を。 |