瞬に いいように翻弄されてしまったことには きまりの悪さを覚えないでもなかったが、俺は素直に瞬を褒めた。
「驚いた。こんなにいいとは思わなかった」
へたな言い訳をするのも見苦しいし、他に言えることもなかった。
瞬は本当に素晴らしかった。
「男と寝るのは初めてだったんだが、これは君が特別なんだろうな。そうでなかったとしても、君くらい綺麗な子じゃないと一緒に寝る気にはなれないし」

俺はちゃらんぽらんで軽薄で、俺が真面目に努力することといったら、その日一日をとにかく飢えずに生き延びるためにだけ。
そんな男だ。
そんな人間にも こんな奇跡のような幸運を恵んでくれるのだとしたら、神サマとやらの存在を信じてやってもいいと、俺は思った。
瞬という存在が既に奇跡なら、その死んだ恋人に俺の顔が瓜二つなのもまた奇跡。
奇跡の大安売りだ。
俺は気安い仕草で瞬の剥きだしの肩を抱いて(その肩の感触にさえ、俺の指を恍惚とさせるだけの力があった)、瞬とのセックスがいかに素晴らしいものだったかを、瞬に語り続けた。

「氷河はそんなこと言わなかった」
俺の賞讃を黙って聞いていた瞬が、やがて抑揚のない声で短く呟く。
まるで、この奇跡に有頂天になっている俺を責めるような声で。
「なんで」
俺はつい訊き返してしまったんだ。

セックスのあとで相手を褒めるのは礼儀だろう。
それは大事なことだ。
やることをやったら用なしなんて態度をとる男は、女に嫌われる。
次にまたメシを奢ってもらうにはアフターケアが肝心。
あとくされなく別れるつもりでいる場合にも、それは同様だ。
まあ、瞬は女の子じゃないし、瞬とのセックスが最高だったのは世辞でも何でもない事実だったが。

「さあ……。そんなことを言って、僕が変な自信を持ったり、逆に氷河の言葉を信じられなかったりして、氷河の言うことが事実かどうか 他の人と確かめようなんて馬鹿なことを考えたりされるのが嫌だったんじゃないのかな」
「君の氷河は、随分と さもしいことを考える男だったわけだ」

こんな素晴らしいものを自分のものにしておきながら、それを世界に誇りたい気分にならないなんて、臆病な上にいじましい奴だ。
そんな男が この瞬の恋人だったなんて、それもまた奇跡だな。
あってはならない奇跡だ。

「氷河は僕を自分だけのものにしておきたいと思っていた。あなたには、その意識がない」
「そりゃあ俺だって、誰にも――俺以外の男があんないい目を見るのは不愉快――」
言いかけて、俺は自分の迂闊に気付いた。
本当に俺は迂闊な男だ。
世界中の人間に自分の幸運を自慢したくても黙っている方が賢明な対応――ということが、確かにこの世にはある。
俺が瞬とのセックスは最高だと誰かに吹聴して、それが(まさかとは思うが、瞬の口からでも)俺以外の男の耳に入ったら、瞬にその気がなくたって、瞬とのセックスに興味を持つ輩はいくらでも出てくるだろう。
それは誰にも――瞬にも――秘密にしておいた方がいいことだ。

「氷河って奴は慎重だったんだな……」
瞬の身を守るため、俺の既得権と独占権を守るためにも、俺は沈黙しているべきだったんだ。
自分の軽率を恥じ悔やんだ俺の呟きに、瞬が小さく頷く。
「そう、氷河はいつも慎重だった。しなくていい心配までして――多分、僕を最初で最後で唯一、自分が恋することのできる相手だと信じていたから。僕も――僕たちは運命に結びつけられた二人だと確信してた。だから、僕は氷河に抱かれたし、氷河を抱いた。氷河になら何をされても嬉しかった」

俺が氷河の代役にすぎないことを、瞬が俺に思い出させる。
瞬が 瞬の氷河について語ることが、その声と表情が、俺を楽しくない気分にさせた。
「たった14かそこいらで」
「たった14でも、若すぎても、だって運命の人と会ってしまったんだもの。自然なことだと思った」
それはそれは。
言うに事欠いて、“運命の人”とはまた大袈裟な。
今どき 思春期真っ只中の女の子だって、そんな夢は見ないだろう。
だいいち、なら なぜ瞬は俺と寝たんだ。
俺は、瞬の氷河じゃないのに。

「で、君は、運命の相手じゃない俺と寝て、あんなに気持ちよさそうに喘いでいたわけか。君の運命の恋人に申し訳ないとは思わないのか」
俺が瞬とのセックスで、今夜 これまでで最高の気分を味わわせてもらったのは事実だが、それは瞬も同じだったはずだ。
瞬にとっても最高だったのかどうかは俺には知りようもないが、瞬が俺とのセックスに歓喜していたのは紛れもない事実。
その 誰にも汚されたことのない花びらのような唇が、うわごとのように何度も「いい」と繰り返し喘いでいたのを、俺はちゃんと聞いていた。

「……」
瞬は何も答えなかった。
答えられるわけがない。
“運命の人”が相手でなくても、“運命の恋人”の愛撫でなくても、人間の五感は刺激されれば反応するようにできているんだ。
瞬が語る“運命の恋”をあざけるように笑って、俺は再び瞬の身体を俺の下に敷き込んだ。

「脚、開けよ。君の氷河と俺とどっちがいいか、比べてみるのも一興だと思わないか?」
瞬の手を取って、俺に触れさせる。
瞬の手の中で、俺のそれは硬度と熱を増した。
「君の氷河のより、俺のものの方が大きいんじゃないか?」
社会的には無一物に等しいのに、俺が他の成功した男共に優越感を抱いていられるのは、誰もが目をみはるほどの美貌と、今 瞬の手の中であからさまな変化をしてのけたもののおかげだ。
男の自信なんてものは、結局これに集約される。

「そうかもしれないけど、あなたは氷河より4つも年上だもの。でも、氷河の方が強かった。氷河は平気で、30分は平気で僕を泣かせ続けることもできたもの」
表情は冷静そのもので、欲にかられているふうもないのに、瞬が挑発するように俺に言う。
瞬らしくないと、瞬の人となりもろくに知らないくせに、俺は思った。
だいいち、30分も瞬を泣かせ続けたって、氷河って野郎は化け物か。
それが本当なら、氷河って奴は普通の身体を持った人間じゃない。

――と俺は思ったが、美人からの挑発や誘惑には乗ってやるのが男ってもんだろう。
「それくらい、俺にもできる」
俺は、文字通り瞬の上に乗って、そしてもう一度 俺を瞬の中に押し込んだ。
瞬が背をのけぞらせ、小さくかすれた悲鳴をあげる。
すぐに、それ自身が独立した意思と命を持っているような瞬の温かい肉が、俺に絡みついてきた。
俺はそいつらを押しのけるようにして瞬の奥に進み、これ以上は入り込めないところにまで達すると、一気に後退した。

さすがに痛かったのか、瞬がはっきり声になった悲鳴をあげ、全身を硬直させる。
俺はもちろん、ほとんど間を置かずに、また瞬の中に入っていった。
今度は逃がしてなるかと言わんばかりに俺に挑みかかってくる瞬の内奥。
固く閉じられた瞬の瞳からは、涙がにじみ流れ始めている。

30分ね。
まあ、やれるところまでやってみようという気持ちで、俺は自分の性器の力だけで 瞬の身体を強くシーツに押しつけた。
「あああああっ!」
瞬がいい声で鳴き始める。

俺は、依頼され引き受けた仕事には真面目に取り組む男なんだ。
恨むなら――瞬が恨むべき相手は、俺を氷河の代役に指名した城戸沙織か?
仕事熱心なだけの俺を恨むのだけはやめてほしいと、俺は思った。






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