「世間が認める理由かあ……」 一晩悩んで、特にこれといったアイデアを思いついたわけではない。 それでもシュンは、それが至極当然のことであるかのように、翌日ヒョウガに会いに行くことにしたのである。 「シュンちゃん、どこかに行くの?」 上着を手に玄関を出ようとしたところで、シュンはエスメラルダに呼びとめられた。 姉の心配そうな顔を見て、シュンは、自分が公爵家再興プランに気を取られ、昨日彼女には『縁談はなかったことになった』程度の説明しかしていなかったことを思い出したのである。 詳しく説明することはできなかったのだ。 エスメラルダにその気がないとは言え、要するに彼女は 姉との縁談を断ったその男に、昨日の今日会いに行くと彼女に告げることは、更にためらわれた。 とはいえ、すぐにばれる嘘をついても仕方がない。 エスメラルダの手前、シュンは、わざと気乗りのしない口調を作って、 「破産寸前の貴族様に会いに行ってくる」 と本当のことを告げた。 「公爵様に? あのお話はなかったことになったんでしょう? もうシュンちゃんが変なことをする必要はないのよね?」 「それはそうだけど……。彼が気の迷いを起こさない可能性も完全に消えたわけではないでしょう? だから、彼にはさっさと公爵家を立て直してもらうのがいいと思うんだ。そうすれば、彼はもう金持ちの家の娘に頼る必要がなくなる」 「それでシュンちゃんが公爵家再興の秘策を彼に教示してあげに行くの?」 エスメラルダがからかうように言うと、シュンは少し気まずげに縦とも横にともなく首を振った。 「秘策を教示するのは無理でも、二人で話し合ったら、何かいい手が思いつくかと思って」 「……」 昨日までは 仇敵を語るような口振りで姉の縁談相手に言及していたシュンが、今日は全く攻撃的な空気をまとっていない。 むしろシュンの瞳はいつもより明るく輝いている。 シュンの外出は、昨日に輪をかけて無作法なことをするためでも、あるいは、破産寸前の公爵家再興の道を閉ざしてしまったことへの罪悪感や義務感を感じてのことでもないらしい。 どう見ても、シュンは公爵に会いにいくことを楽しんでいる。 エスメラルダは、不思議な思いで、自分と瓜二つの顔をした弟を見詰めることになったのである。 「エプソムダウンズの馬場にいるらしいんだ。馬なんて維持費のかかるもの、さっさと手放してしまえばいいのに、どうしてそんなもの飼っているんだろう」 貴族のすることは解しかねるという表情で呟くシュンに、エスメラルダは僅かに苦笑した。 「英国の貴族なら、馬を持っているのはステータスの証だし、持ち馬がダービーで勝てば、それは大変な名誉でしょう」 「破産寸前だっていうのに、名誉なんて食べられないものにこだわってどうするの。飼われてる馬だって、ほんとは人間に決められたコースなんかじゃなく、自由に好きなところを走り回りたいに決まってるのに」 「ええ。きっとそうね……」 エスメラルダの声音が沈んだものになった理由が、シュンにはすぐにわかった。 彼女は、野生の馬のように自由に好きなところを走り回りたがる恋人のことを思い出してしまったのだ。 自由に野を走らせてやりたい馬は、手綱や轡に縛られて人間の社会に束縛され、もう少し腰を落ち着けて家庭を営むことを考えてほしい人間は、どこをほっつきまわっているのかわからない。 世の中はうまくできていないものだと、シュンは、エスメラルダにはわからないようにこっそりと溜め息を洩らしたのである。 そして、ヒョウガはどちらのタイプの人間なのだろう――? と思った。 |