「瞬、そろそろ寝よう」
そういうところだけは、いつもの氷河だった。
仲間たちの目や耳を気にした様子もなく堂々と、瞬をベッドに誘うことだけはいつもの通り。
だが、その声が違う。
声と眼差しに込められているものが違う。
否、今日の氷河の態度には何も込められていない――と、瞬は思った――感じた。
だから、瞬は氷河に首を振ったのである。
縦ではなく横に。

「いやです。僕たち、そういう関係を解消しましょう」
「おまえは何を言っているんだ?」
瞬の返答を意外と感じる感覚だけは残っているらしい。
氷河は瞬の拒絶に、僅かに眉根を寄せた。

「今の氷河は、僕の好きになった氷河じゃない」
「おまえの好きになった俺じゃない――って、おまえは俺のとこがどう気に入らないんだ」
「わからない。でも違う……」
そこに星矢と紫龍がいることは瞬もわかっていたのだが、それでも涙は抑えようがなかった。
とにかく、今ここにいる氷河は“違う”のだ。
“違う”氷河とそういう行為に及び、その行為を楽しむことは、瞬にはできそうになかった。
それ以前に、好きでもない人の前に無防備に身体をさらけ出すことができそうにない。
身の内に“違う”氷河を受け入れることなど、瞬には恐怖以外のなにものでもなかった。

それでも瞬は、本当に二人の関係が解消されてしまうことを期待していたわけではなかった。
むしろ逆だった。
氷河にそう告げることで、彼が本来の彼に戻り、二人の仲がこれまで通りに続くことこそを、瞬は期待していたのだ。
だというのに、
「おまえがそう言うなら仕方がないな」
氷河は、瞬にそう答えたのである。

「氷河……」
本当にこれは自分の知っている氷河ではない。
耐え難いほどの衝撃に打ちのめされながら、瞬はそう思った。
彼の言葉によって与えられた衝撃を振り切ることができず、ふらふらと、我ながら頼りなさすぎると思わざるを得ない足取りでラウンジを出る。

「仕方がないって、おまえ、そんなこと本気で言ってんのかっ !? 」
「まあ、瞬ほどの上玉は無理としても、代わりの女ならいくらでも引っかかるし」
閉じかけたドアの内側に星矢の怒声が響き、それに対する氷河の罪のない返事も聞こえてきたが、瞬にはもう、それらのやりとりさえ、ただの音と認識することしかできなかった。






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