氷河がとんでもない手柄を立てたというのは本当のことらしかった。 城砦を一つ与えられたという氷河は、それから半月が経っても、瞬の許に帰ってきてはくれなかった。 怪我人たちの治療は順調で、聖域は徐々に元の活気と秩序を取り戻しつつある。 負傷者の世話の指揮という仕事が瞬の手から離れて、忙しさに気を紛らすことができなくなるにつれ、瞬の消沈は深さを増すことになった。 さすがに瞬以外の者たちも、事態の異常さに気付き始める。 瞬を口説き落とす作業に夢中になった氷河が 教皇の呼び出しを3度目に忘れた時、彼が アテナ神殿の床磨きという本来なら雑兵でもしないような罰を食らったのは、聖域では知らぬ者はないほど有名な話だった。 白鳥座の聖闘士が、生きているにも関わらず、彼にとっては教皇より上座にいるアンドロメダ座の聖闘士の許に帰ってこないという現状は、聖域の者たちにとっても不自然極まりないことだったのだ。 怪我ではなく病を得たのではないかとか、実は囮部隊の撤退の際に重責を果たしたことに油断して最後の最後に大怪我を負ったらしいとか、自慢の顔に大きな傷が残ったせいで奴はアンドロメダ座の聖闘士の前に顔を出すことができなくなったのだとか、まことしやかな噂が聖域内で囁かれ始める。 品のない者たちの中には、この戦で負った怪我のために大事なところが使い物にならなくなったのではないかなどと下卑た噂に興じる者さえいたのだ。 氷河のいない聖域で、瞬は一人でそれらの噂に耐えることになったのである。 もちろん、噂は噂にすぎず、それらはすべて憶測の域を出ないものだった。 瞬も噂を真に受けて落ち込んだり傷付いたりしたわけではない。 瞬を苦しめ不安にしたのは、そんな噂などではなく――白鳥座の聖闘士がアンドロメダ座の聖闘士の許に帰ってこないという“事実”そのものだった。 瞬は、とにかく氷河の無事な姿をその目で確かめたかったのだ。 アテナ神殿の広間に急遽設営された施療設備が完全に取り払われることになった日、瞬は教皇の許に赴き、聖域を出てエレフシスの城砦に向かう許可を彼に求めた。 アテナの聖闘士としての務めには無関係といっていい願いだったのだが、教皇は、 「キグナスが一方的にまとわりついていたわけではなかったのだな」 と言って、瞬に聖域を出る許しを与えてくれた。 教皇は、あれほど執着していたアンドロメダ座の聖闘士の許に白鳥座の聖闘士が戻ってこない理由を知っているわけではないようだった。 「キグナスがエレフシスの城砦にいるのは、アテナのご意思によるものだ。あまりきつく叱ってはやるな」 瞬にそう忠告する教皇の声音は、手に負えない我儘な子供を、それでも愛している父親のそれに似ていた。 |