聖域の北西数十キロのところにあるエレフシスの城砦。 教皇の許可を得て聖域を出た瞬がその砦の城門の前に立ったのは、一日の内で最も暑い時間が終わりかけた頃だった。 徐々に太陽が西に傾き始めるのを見て、瞬は今夜は自分はこの砦に泊まることになるだろうと思っていた。 夜っぴいて氷河の非情と不精を責めてやるのだと意気込んだ瞬は、だが、氷河が与えられたという城砦の前で、門前払いを食らってしまったのである。 その城砦には、氷河の他に、ロクロアの戦場での囮作戦で氷河に従った 果敢というより命知らずの兵たちが20名ほどいると、瞬は聞いていた。 その中の一人らしい若い兵が、大きな身体に似合わない遠慮がちな声で、 「あなたには会いたくないと言っています」 と、申し訳なさそうに氷河の意向を瞬に伝えてきたのだ。 白鳥座の聖闘士がアンドロメダ座の聖闘士との面会を拒絶するなど、それは彼にとっても意外すぎることだったらしい。 むしろ、それは白鳥座の聖闘士の本心から出た言葉ではないと信じているように、瞬の入城を阻もうとする兵の態度には断固としたものがなかった。 「あなたが氷河に責められたら、僕が氷河を叱ります」 そう言って彼の脇をすり抜け砦の中に入り込んだ瞬を、彼は城外に引き戻そうともしなかったのである。 いったい、氷河の身に何があったのか。 怪我はしていないと星矢たちは請け合ってくれたが、それも本当かどうか。 氷河がこの砦にとどまっているのはアテナのご意思――と教皇は言っていたが、その“ご意思”を氷河に伝えたのは教皇その人だったろう。 その教皇の許しを得て、瞬はこの城砦にやってきたのだ。 瞬を追い返そうとする氷河の指示が、アテナや教皇の意思であるはずがない。 となれば、その指示は氷河自身の意思から出たものだということになり、それは氷河の指示としては不自然極まりないことなのだ。 氷河の身に何かが起きているのだとしか、瞬には考えられなかった。 「氷河の部屋はどこ !? 」 エレフシスの石造りの城砦は、敵襲を哨戒するために造られた聖域の見張り台――聖域の出張所のようなものだった。 黄金聖闘士たちの宮のように、力を誇示し敵を威圧するためのものではない。 規模だけなら黄金聖闘士たちの宮の数倍はあったが、敵の侵入を難しくするために通路は狭く、快適さなど追及されてもいない建物だった。 その砦の、人がやっとすれ違うことができるほどの幅しかない通路で最初に出会った兵に、瞬は、彼にしてはきつい口調で氷河の居場所を問い質した。 「ア……アンドロメダの……」 どれほど華奢で少女めいた面差しをしているといっても、瞬はアテナの聖闘士である。 聖衣を与えられていない兵が勝てる相手ではない。 そして、聖域に蔓延している白鳥座の聖闘士の片思いの噂を信じるなら、アンドロメダ座の聖闘士は、この城砦の最高責任者である人物が唯一 頭の上がらない相手。 つまり、この城砦内で最強最大の力を持つ人間だということになる。 そのアンドロメダの聖闘士が、亭主の浮気現場に乗り込んできた正妻よろしく 激した様子で、“亭主”の居場所を教えろと命じてくるのだ。 彼は瞬の命令に従わないわけにはいかなかった。 「この塔の最上階の部屋です」 「ありがと!」 礼を言い終わるより先に、瞬は通路の右手にあった階段を駆け上がっていた。 「いったい、何がどうなってるんだ……?」 一人その場に残された(見掛けだけは)屈強な兵は、事の次第が理解できず、つむじ風が通り過ぎたあとの通路で、ひたすら唖然とすることになってしまったのである。 |