あれは、僕たちが それぞれの修行地に送られる少し前。 目を細めず まっすぐに空を見上げ見詰めることができるようになっていたから、真夏ではなかった。 夏の終わりか、あるいは秋の初め。 子供の頃の僕は空を見ているのが大好きで――それは あの頃の僕の ほとんど唯一の趣味といってよかったと思う。 僕が、時間やお金のかかる他の趣味を持てるような環境になかったせいもあるけど。 僕は城戸邸の庭の芝生の上に寝転んで、雲一つない青い空を見上げ見詰める。 そうしていると、いつのまにか城戸邸に出入りする車の音や、城戸邸で立ち働いている人たちが作る雑多な音が聞こえなくなっていくんだ。 次に、僕の仲間たちが騒いでいる声が遠ざかっていき、最後に、庭の緑を揺らす風のざわめきや鳥の声が消える。 そこは無音の世界になり、その世界に僕はたった一人。 最初は身体が浮いていくような気分になるんだ。 でも、僕は宙に浮かぶことはできない。 僕の身体は地球の重力に囚われているから。 そんな不自由な身体に、僕の心はしばし焦れる。 一緒に行こうと何度も僕の身体をせっついて、だけど結局、僕の心は、身体と共に飛ぶことを諦めてしまうんだ。 そして、僕の心は、哀れな身体を地上に残し、青い空に吸い込まれていく――。 僕の心は、僕の身体を離れて自由になる。 きっと、つらいことや悲しいことっていうのは、人間の身体に付随しているものなんだ。 身体から抜け出た僕の心は、つらいことや悲しいことを忘れ、寂しさからも解放されて、どんどんどんどん空の高みを目指して上昇していく。 そこには ただ青い空だけがあり、僕は地上に残してきた様々な憂いを忘れ、純粋に自由なだけのものになる。 自由。 それは何て素晴らしいものだったろう。 僕は僕の行きたいところに行ける。 誰も僕の行く手を遮ることはできない。 僕は つらい訓練を強いられることもなく、大切な人と引き離されることもない。 僕は誰も傷付けずに済んで、誰かに傷付けられることもない。 自由になれば、僕は泣き虫でもなくなるだろう。 だって、青い空の上では、僕を悲しませるようなことは何ひとつ起きないんだから。 自由になった僕に、憂いはない――。 |