告白の行方






『どんなタイプの人間が好きか』と問われた時に『優しい人』と答えることは実に陳腐で、『なぜ彼(彼女)を好きになったのか』と問われた時に『彼(彼女)は優しいから』と答えることは、実にありきたりなことだ。
俺は、そう思う。
思わないわけではない。
だが、実際に、俺が瞬を好きになったのは、『瞬が優しいから』だった。
他にも理由は幾らでも挙げられるが、突き詰めていけば、結局はそういう結論に至る。
もちろん、瞬の優しさは、他人に対して攻撃的でないとか、他人のすることに反抗・反発せず従順であるとか、対峙する相手の望みを妨げることが少なく他人の気分を害することがないとか、そういう類のものじゃない。

アテナの聖闘士でありながら『人を傷付けることは嫌いだ』と公言し、実際 不必要に人を傷付けることはしないが、必要とあれば、瞬はそれをする。
人を傷付けなければならない事態を回避するために懸命に努力はするが、それが叶わなかった時には敢然と、断固として、瞬はそれをする。
自分が傷付かないためではなく、瞬の“敵”となった相手が第三者を傷付ける事態を生まないために。
その決意を為したあとの瞬は強い。
戦闘力という点で、実は瞬は聖闘士随一なのではないかと思うほどだ。
だが、そうして瞬が敵と戦っている時は、瞬の心が最も弱くなっている時でもある。

つまり瞬は、平時や 戦いを回避しようと努力している時には、心――精神力――の方が強くて、戦闘力は並み以下。
戦いに突入すると戦闘力は格段に高まるが、心は最も弱い状態にあり、いつも涙を流している――と言えるだろう。
瞬が一般的に『強い』というイメージを他人に抱かせないのは、肉体的強健や運動的能力から成る戦闘力と、優しさや他者への思い遣りでできている精神力が同時に強くあることが滅多にないからだ。

瞬のその二つの力が同時に強い状態にあった時というのは、あの天秤宮で、瞬が俺の命を救おうとした時くらいのものなんじゃないだろうか。
あの時、瞬は、心も、そして小宇宙の力も常軌を逸して強かった。
その二つともが、強固で強大だった。
あの時の瞬の小宇宙に触れて――瞬の真の“強さ”に触れて――俺は瞬に惚れたわけだが、あれはまあ、誰だって惚れるというか、惚れないわけにはいかないというか、それくらいあの時の瞬はあらゆる意味で強かった。
そして、美しかった。

それで、瞬の“優しさ”に惚れたと主張するのはおかしいんじゃないかと思う向きもあるかもしれないが、瞬の強さは優しさでできているものだからな。
そして、その優しさは、人間全般への愛からできている――。

――と、あれこれ御託を並べてみても、その行為自体には意味はなく、益もない。
結果として、俺は瞬に惚れた。
この思いは、瞬が強く優しい人間でないものにならない限り、終わることはないだろう。

翻って、この俺は、人に誇れるほどの強さも美しさも備えていない男だ。
少なくとも俺は瞬に勝る強さも瞬に勝る美しさも有していないのだから、他の一般人に比べれば少々優れているかもしれないなんて考えることは、これまた ほぼ無意味で無益なことだろう。
この俺は、瞬と違って、あまり高尚な人間でもなければ、崇高な理想を掲げた人間でもない。
瞬のように天上的ではなく、非常に地上的な男だ。
天上での栄光は望むべくもないし、死後の永遠など望んでもいない。

俺は今――生きている今、俺が生きているこの世界で幸福になりたい、ごく普通の男だ。
そして、瞬は、俺の幸福を成り立たせるための、決して外せない重要な一要素。
低俗で卑俗な(だが至って普通の男である)俺は、惚れた相手には愛し返されたいし、他の男には渡したくない。
もちろん、この手で瞬を抱きしめたいと、普通に願う。
ごく普通の男である俺は、そんなふうな ごく普通の恋を叶えるためには、まず俺の心を瞬に知ってもらうことから始めなければならないだろうと、ごく普通に考えた。

一応、悩むことは悩んだんだ。
瞬のように“清らか”な人間に俺がこんな俗っぽい好意を捧げたところで、それは瞬に何らかの益を与えられることではないし、俺が瞬を好きになったという事実それ自体が既に滑稽極まりないことなんじゃないかと。
全人類を愛している瞬は、俺から卑俗な好意をぶつけられても困るだけなんじゃないか、俺は瞬に迷惑をかけることしかできないんじゃないか――等々。

悩んで悩んで――だが、この俗っぽい思いの持つ力は、あまりに強く抑え難く――。
恋情っていうやつは、人間の意思力ごときでは抑制できないほど強い感情で――つまりは我儘な感情で、しかもどうにも消えてくれない。
俺は、意を決して、瞬に俺の気持ちを打ち明けることにした。






【next】