俺たちを乗せたジェットヘリが着陸したのは、聖域のすぐそば――グラードのヘリで移動する際に俺たちがいつも利用しているヘリポートだった。
聖域内にヘリを着陸させる場所がないわけじゃないんだが、そんな鉄の塊りが、神話の時代の香りを残すアテナの御座所に堂々と姿をさらしているっていうのは、不粋の極みだからな。

ヘリから降りた途端 俺たちが敵に囲まれたのは、奴等がそこでアテナの聖闘士を待ち伏せしていたというより――要するに、奴等はアテナの結界の中に入ることができずに、聖域の周辺をうろうろしていたんだろう。
そのど真ん中に俺たちが、奴等にしてみれば“飛んで火に入るなんとやら”のごとく飛び込んできた――というところだったに違いない。

「長旅のあとで疲れてる相手に、一服する時間もくれねーのかよ! 礼儀正しい敵だって聞いてきたのに!」
星矢が嬉しそうに大声を響かせたのは、俺たちを囲んだ敵が ただの雑魚ではないことを感じ取ったからだったろう。
雑魚でも神の意を受けた戦士ということだ。
聖域で俗に雑兵と呼ばれる者たちに比べれば、俺たちを出迎えてくれた敵たちは、少しはできる――ように感じられた。

“敵”という奴には、腹立ち紛れに暴れて倒せる敵と、それでは勝てない敵がいる。
頭に血をのぼらせて戦っても勝てる敵と、冷静に状況を判断し対処しないと、こちらが負ける可能性もある敵。
今回の敵は後者だった。
それでも、俺の力で勝てない敵ではなかったと思う。
真にクールに敵に対峙することはできなくても、せめてクールに戦おうという自制心が俺の中にあったなら。
だが、俺は、その時、冷静な判断力を欠いていた。
ジェットヘリの中で、他にいくらでも空いている席はあるっていうのに、にこにこ笑って俺の隣りのシートに陣取った瞬のせいで。
瞬の言動が全く理解できない自分に、俺は苛立ってたんだ。
だから、俺はドジを踏んだ。

聖衣に似た闘衣を身につけた一人の敵の拳を まともに肩に受け、あまつさえ そいつにとどめを刺されそうになった時、その瞬間にも、『俺がこんな奴に負けるのか?』と、俺は半信半疑でいた。
弱くはないが、強くもない相手。
遅ればせながら冷静さを取り戻して、敵に対峙してみると、俺に拳をヒットさせた男は、贔屓目に見ても中の上程度の力しか持っていない奴だったから。

幸い、俺は、中の上程度の奴に命を奪われるという、取り返しのつかない醜態をさらすことだけはせずに済んだ。
その程度の相手の拳をまともに受けるなんて、そのことだけでも十分 醜態には違いなかったろうが、奴に命を奪われるという事態だけは免れることができた。
瞬のチェーンが、その男の腕を絡めとってくれたおかげで。
中の上レベルの敵は、そのまま、瞬に優しく倒されてしまった。
仲間を窮地から救った瞬が、無様に地べたに尻餅をついている俺に、黙って手を差しのべてくる。

好きでもない相手を、『仲間だから』なんて理由で助ける優しさや強さ。
そんなもの、俺はいらない。
今だけは、そんなものはいらない。
また冷静さを見失った俺は、『こんなふうに瞬に助けられるくらいなら、死んだ方がましだ!』と、馬鹿げた癇癪を起こしていた。
その時の俺は、みじめで情けなくて苦しいばかりで――。
「放っておけばいいだろう! 俺のことなんか、放っといてくれ!」
俺は、その時、無駄に攻撃的になっていたんだ。
瞬の手を振り払うだけのつもりだった俺の拳は、全く無意味な力だけが強くこもっていて、結果としてそれは瞬の身体を突き飛ばすことになってしまった。

「そういう態度はよろしくないぞ、氷河」
俺が突き飛ばした瞬の肩を両手で受けとめたのは、ちょうど自分に割り当てられた分の敵を倒してきた紫龍だった。
自分で突き飛ばしておきながら、俺以外の男が瞬を支えることに腹を立てるなんて、我ながらどういう了見かと思う。
だが、自分の招いたその状況に俺が腹を立てたのは紛れもない事実で、致し方ないことでもあったと思う。
感情というやつは、いつも思考の先を走っているものだ。
俺は紫龍を睨みつけた。

「まったく……。おまえの失恋に同情して、秘蔵の酒まで提供してやった心優しい仲間への恩も忘れて、感謝の言葉の代わりにプレゼントしてくれるのは、愛想のかけらもない睥睨か」
そうぼやく紫龍の周辺の地面には、奴に倒されたとおぼしき敵が10人ほど、これから脱皮をしようというカブトムシの幼虫のように呻きながら転がっていた。






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