「ごめんなさい……。僕、あんなこと言うなんて……。僕、どうしてあんなこと言ったのか、自分で自分がわからないんだ。でも、僕は、氷河のことをあんなふうに思ったことは一度もない。ほ……ほんとだよ!」 「ああ」 そうして元に戻った瞬は、可愛そうなくらい萎縮しきっていた。 瞬ではない瞬の撒き散らした雑言にいちいち責任を感じているらしく、泣きそうな目をして、瞬は俺にすがってきた。 瞬は、そんなことくらいで、俺が『瞬』を嫌いになることがあるとでも思っているんだろうか。 「とりえのないのは僕の方で、氷河と一緒に眠ること以外、僕は氷河に何もしてあげられなくて、氷河と、あの……一緒に眠るのが好きで好きでたまらないのも僕の方で、氷河と離れているのが恐くて、氷河と一緒に眠れないのは不安で、あの……氷河が欲しくて、疼いて、氷河が僕の中にいる時のことを思い出して、僕、あの……」 あの瞬が放言していた俺に関する事柄は、9割9分までがただの事実だった。 世の中には、事実を指摘されると腹を立てる輩というのがいるそうだが、俺はそうじゃない。 瞬が必死の表情で告げる謝罪より、俺は、自分が瞬の肩を抱けるという事実の方に気をとられていた。 俺に触れられても 瞬が傷付かなくなっていることに、俺は浮かれていたんだ。 だから、その言葉は、突然 俺の耳に飛び込んできた――ように、俺には思えた。 よりにもよって瞬は、 「あの僕も僕だと思う。僕は、多分、し……色情狂なんだ……」 と言い出したんだ。 「なに?」 言うに事欠いて『色情狂』とは。 それはいったいどこから出てきた言葉なんだ? “清純派”の瞬に、これほど似つかわしくない言葉もない。 だが、瞬は本気で自分は 俺は、それで、やっと腑に落ちたんだ。 問題は、『俺が瞬の心を好きか身体を好きか』ということのはずなのに、俺ではなく瞬の方が 心を重視する瞬と身体を重視する瞬に分かれてしまった訳。 『特別なところは何もない。とりえはセックスだけ』と、瞬が俺に向けて告げた言葉の本当の意味。 瞬がそういうものだと思っていたのは――あの雑言が貶めていた相手は――本当は俺ではなく瞬自身の方だったんだということに。 あの雑言はすべて、瞬が自分自身に向けて投げつけていたものだった――。 おそらく、瞬の不安の根本原因は、 それは、いかにも瞬が陥りそうな罠だ。 ところが、スピリチュアルラブより低次元なフィジカルラブの方に、瞬は 気がつけば俺とのアレを考えている自分なんて、瞬には信じ難く受け入れ難いものだったに違いない。 瞬は、そんな自分を『間違っている』と思い込んでしまった。 そんな自分を正当化する言葉を思いつけず、だから、瞬は、俺を貶めて俺の弁明を手に入れようとした。 それがそのまま、自分を正当化する理由になるはずだから、だ。 瞬は理由が欲しかったんだ。 瞬が俺とのセックスを好きな理由。 自分が、それなしでは苦しさを感じるほどになってしまった訳。 瞬は、自分の身体か心かを俺に選ばせようとしたのではなく、瞬自身が、俺の身体と心のどちらを より好きなのか確かめることで、自分がどういうものなのかを見極めようとした。 俺の心と身体のどちらが好きなのかがわからなくなったのは 俺ではなく瞬の方で、つまり、それほどに――自分を色情狂なのではないかと疑うほどに、瞬は、俺と寝る行為が気に入ってしまったというわけだ。 俺としては、それは非常に有難いことだし、自然なことだとも思うんだが――なにしろ瞬は清純派だからな。 「瞬。心と身体を分けて考えるのはやめた方がいい。それは生きている限り、決して切り離して考えることのできないものだ。心が好きなら、身体も好きになるし、俺がおまえを抱きしめたいと思うのは、俺がおまえ自身を好きで必要だと思うからだ。おまえはそうじゃないのか」 「ぼ……僕は……。僕だってそうだけど、でも僕は――。僕は氷河の優しいことを考えようとしているのに、身体が僕の心に逆らって、氷河がたくましいことを僕に考えさせようとするんだよ……っ!」 「――」 瞬の赤裸々な告白を聞かされた俺が吹き出さずにいられたのは、奇跡としか言いようがない。 清純派でいるというのも、結構大変なことなのかもしれないな。 『やりたい盛りの年頃なんだから』という理由では、瞬の清らかな心は納得できないようにできているらしい。 「だから、心と身体を別のものとして考えるのをやめろと言っているんだ。それは、おまえの身体がおまえの心に逆らっているんじゃなくて、おまえの心がおまえの身体に逆らっているんだ。その二つは対立しようとしているんじゃなく、逆に一つの繋がったものになって調和を保とうとしているのに、おまえは懸命にそれを妨げようとしている。雨が大地に染み込むのを妨げようとしたり、水が蒸気になって空気に溶け込もうとしているのをやめさせようとしたりしたら、自然が壊れるぞ。おまえの心と身体は一つのものなんだ。対立させようとするな」 「心と身体が一つのもの……?」 「そうだと思うぞ。俺好みじゃない あの瞬に誘われても一向にその気にならなかった俺の身体が、今は おまえが欲しくてたまらないと騒いでいるからな」 そう言って、俺は瞬を抱きしめた。 俺が何を求めているのかを察して、瞬が俺の手から逃れようとする。 「でも……氷河の言う通りだったとしても――し……色情狂って、病気でしょう。氷河はそれでも平気なの。僕はまともじゃない……どっかがおかしいんだよ……!」 「それはない。おまえがそんな病気に罹っているなんてことはありえない」 優しい俺より たくましい俺のことを考えてしまうくらいのことで病気の診断を下されていたら、この世界では健康な人間ほど重病人だということになってしまう。 俺から逃げようとする瞬の手を掴み、瞬の身体を引き寄せ抱きしめることで、俺はどうにも抑え切れない苦笑を瞬の目から隠した。 本当は俺に抱きしめられることを望んでいた瞬が、俺の胸の中で大人しくなる。 「ど……どうして、そんなに簡単に断言できるの」 それでもまだ不安げな様子をしている瞬に、俺は確信に満ち満ちた答えを返してやった。 「証明できるからだ」 瞬にそう答えた時、俺は、おそらく かなり助平な目をしていたに違いない。 |