「だめ……もう、だめ、やめて」 波もない静かで穏やかな海の底で平和に暮らしていた小さな銀色の魚が無理矢理 砂浜に引き上げられたなら、こんなふうに のたうつことになるんだろうか。 瞬は、俺の下でそんなふうに身悶えて、俺から逃げようとした。 実際に逃げることは無理だったんだが。 瞬の両脚は俺の腕に抱えられていたし、俺の身体の一部は瞬の身体に深々と突き刺さり、固定されていたから。 俺には性交の回数を誇る趣味はないから、そんなものは数えていなかったが、まあ聖闘士である瞬が悲鳴をあげて解放を懇願するくらいの回数はこなしていたんだろう。 もちろん、瞬を解放してやるつもりは、俺には全くなかった。 なにしろ これは、俺がわざわざ瞬のために、実証主義の見地に立って行なっている証明作業なんだから。 「色情狂がこの程度のことで音をあげてどうする」 「だって、ああ……僕、もう、しびれて何も感じなくなってる……ああっ」 「嘘をつくな。こんなに締めつけてくる」 性欲旺盛な男に病気検診の大義名分を与えてしまった浅はかを、瞬が心から悔やんでいるとは、俺には思えなかった。 「気持ちいいんだろう? 本当は、なぜ こんなに気持ちのいいことを我慢していたのかと、昨日までの自分を後悔している」 「あっ……ああっ」 耳許で囁いた俺の言葉を、瞬は否定しない。 “正直”は、瞬がその身に備えている美徳の中でも 特にセクシーな美徳の一つだ。 「で……でも……でも、氷河……これ以上は……僕、気が狂うっ」 「そうなっても、一生面倒を見てやるから安心しろ」 「氷河、だめ。僕、もうだめ。助けてっ」 「声を出す元気があるなら、まだ大丈夫だ」 俺はもしかしたら相当意地が悪い――のかもしれない。 その意地の悪さも冷酷も、すべては瞬のためだ。もちろん。 瞬を苦しめるのは、俺の本意じゃない。当然。 そんなこんなで、俺が、泣き叫ぶ瞬を解放してやったのは、身悶え、喘ぎ、泣いていた瞬が、本当に限界を感じて、自分の正気を保つために意識を失ってから、だった。 瞬の髪は乱れ切り、その手足は まるで浜に打ち上げられた貝殻か何かのように無造作にシーツの上に投げ出されている。 胸の上下がなかったら、死んでいるのではないかと疑ってしまいそうなほど白い瞬の裸身を見て 全く罪悪感を感じなかったといえば、それは嘘になるが、まあ、これは瞬にも責任のあることだ。 なにしろ、瞬のためになら命も捨てようと思うほど瞬に恋焦がれている男に、瞬は10日間もの禁欲生活を強いたんだからな。 |