唇だけではなく――氷河の唇は、瞬の唇だけでなく、瞬の身体のありとあらゆるところに触れて、だが、最後には瞬の唇に戻ってきた。
彼の指も――氷河の指は、瞬の指に絡み、瞬の身体のありとあらゆるところを愛撫して、最後に瞬の指に戻ってくる。

花と肉親しか愛したことがなかった瞬は、こんな愛し方や愛され方があることを知らなかった。
身体中を愛撫され、目を閉じていても見詰められていることを痛いほどに感じ、自分以外の人間の鼓動や呼吸を我が身の胸や腹や脚で確かめることが、なぜこれほどの陶酔を運んでくるのか、瞬には理解できなかった。
しかし、そう感じる。
花園の見えない寝室の寝台の上――自分のいる場所はわかっているのに、自分が花に埋もれているような錯覚を覚える。
氷河に抱きしめられ、触れられ、見詰められていることに、瞬は陶然としていた。

「瞬」
名を呼ばれると、その声すら愛撫に感じられる。
瞬の身体は、あまりの心地良さに、実際に震えていた。
「俺が何をしても許してくれるか」
「あ……何をしても……?」
首をかしげたつもりだったが、本当に自分が首を傾けることができたのかどうかは、瞬にはわからなかった。

「そうだな。たとえば、こんなことをしても」
低く囁くように言って、氷河が瞬の中に指を忍ばせてくる。
「んっ……」
氷河の指に触れられているところとは別のところ――氷河のその行為でぞくりとしたのは、瞬の背筋の方だった。
そして、自然に腰が浮いてくる。

「氷河……なに、これ」
「いやか」
身体の内側から、氷河の指が瞬の肉をゆっくりと撫でていく。
その異様な感触が、瞬の喉と爪先を小刻みに震わせた。
「あっ……あっ……!」
「やわらかい……傷付きやすそうだ」
氷河の指がうごめいている場所の奥、その先が、何かを求めてざわめき始めている。
「ひょ……が……これ、なに。何かが僕の身体の奥に……んっ」
「傷付けても許してくれるか」
「あ……んっ……ん……ああ……!」

微かな細い刺激が、瞬の全身を貫いている。
氷河の愛撫はあまりに微妙で、あまりに曖昧だった。
それが心地良さなのか、おぞましさなのか、その判別すら、瞬にはできなかった。
氷河という存在に、全身の神経を麻痺させられているような気がする。
こんな状態に長く耐えることを強いられるより、はっきりした苦痛の方がずっと苦しくないと、瞬は思った。

「氷河……氷河、どうにかして。僕、変になる。こんなのはいや。もっと違う……ああ、いや、僕、いや……っ」
熱に潤んでいた瞬の瞳からは、涙が細い線を描いて流れ落ち始めていた。
胸が大きく上下し、それ以上の強さをもって、瞬の腰と背中が浮き上がってくる。
そんな瞬の様子を見て、氷河は瞬の耳許に唇を寄せてきた。
「きっと大丈夫だ。耐えてくれ」
その唇が、瞬の唇の上に戻ってくる。
氷河に両膝を抱えあげられたことにも、瞬は気付かなかった。

「ん……」
湿り気を帯びた氷河の舌が、からかうように瞬の舌に絡んでくる。
瞬がきつく寄せていた眉を少し緩めた時を見計らって、氷河はその身体を前方に押し進めた。
「あああああっ!」
ゆっくりとした侵入だったのに、瞬は、その行為のもたらす衝撃の激しさに 一度大きく瞳を見開いた。
身体を内側から切り裂かれているような鋭い痛みが、氷河が動くたびに瞬の身体の中を走り抜けていく。
それでも 焦らされているような あの感覚よりはずっといい――と、瞬は思って――感じていた。
少なくとも、これは痛みだとはっきり認識していられる。

「あっ……あっ……ああ……ああ!」
氷河が抜き差しを始めると、瞬が感じる痛みは更に増した。
その痛みに 氷河が耐えてくれと言うから、瞬は耐えた。
氷河がいてくれれば、自分はこの世界やこの世界に生きる人々を憎まずに愛していられる。
氷河の望むことなら、瞬はどんなことでも叶えたかった。
「氷河……氷河……ああ……ああっ」
焦慮を打ち消す快い痛みだったはずのものが、やがて痛みではないものに変わっていく。
それは、再び徐々に、また焦らされているようなあの感覚に変化して、瞬を苦しめ始めた。
瞬は氷河にしがみついて、彼に助けを求めることになってしまったのである。

「いや……いやだ、苦しい……こんなの、いや。氷河、氷河、もっとちゃんと痛いってわかるようにして……っ!」
固く目を閉じて、氷河に与えられる決定的でない苦痛に身悶え苦しんでいた瞬には、あまり普通ではない瞬の要求に面食らった氷河が、大きく瞳を見開き 吹き出しそうになったことには気付きようもなかった。
もちろん氷河は実際に吹き出すようなことはしなかったし、すぐに真顔になって、瞬の望みを叶えるべく努め始めたのだが。

「俺はおまえの言うことなら、どんなことでも聞いてやる」
抱えあげた瞬の両膝がシーツに触れそうになるほど深く瞬の身体を折り曲げて、おそらく 瞬が望む以上の痛みを、氷河が勢いよく瞬の中に送り込む。
「ああああ……っ!」
身体を二つに引き裂かれるような衝撃に襲われた瞬の悲鳴は途中でかすれ、もはや声とはいえないものになってしまっていた。






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