アテナの聖闘士たちが解放されたのは、彼等の“今年の目標”審議が始まってから30分後。 彼等の今年の目標は、最終的に、 星矢は『一日のおやつ代を300円以内におさえる』 瞬は『自分の殻を破って、積極性と主体性を養う』 紫龍は『気象予報士の資格を取得する』 氷河は『日ペンのボールペン習字の師範の資格を取得する』 ――ということになったのである。 自身の提出した目標がそのまま採用された紫龍と瞬はさておき、星矢と氷河は思い切り不満そうだった。 「しかし、あんなに沙織さんを怒らせるなんて、おまえはいったいどういう目標を立てたんだ」 彼等の溜まり場であるラウンジに戻ると、紫龍は開口一番に氷河にそのことを尋ねた。 それは氷河にとっては特に隠さなければならないようなことではなかったらしい。 瞬にだけは聞こえないように小声で、氷河は、彼が沙織に提出した白鳥座の聖闘士の今年の目標を紫龍に教えてくれた。 「『瞬を俺のものにする』」 「……実に自分の欲望に忠実かつ正直な目標だな。却下されて当然だ」 氷河の設定した目標がそれだというのなら、どう考えても、沙織の憤慨は正当なものである。 こればかりは、紫龍も仲間の肩を持つわけにはいかなかった。 しかし、氷河は、沙織の憤りに憤っているらしい。 『瞬を俺のものにする』という天上的かつ崇高な目標を、『日ペンのボールペン習字の師範の資格を取得する』などという地上的かつ卑俗な(しかし、実利は伴う)目標に変えられてしまったのだ。 愛と希望の聖闘士としては、その怒りも当然のことと、氷河は自身の怒りを静める気にもなれずにいるようだった。 そんなふうに氷河が余憤を消し去ることができずにいる脇では、『一日に5000キロカロリーのおやつを食べる』を『一日のおやつ代を300円以内におさえる』にされてしまった星矢が、先程から瞬に泣き言を言い続けていた。 「一日のおやつ代300円以内なんて、絶対無理だぜ! 俺はまだ育ち盛りの青少年なのにっ!」 「バナナはおやつに入らないと主張して、バナナを食いまくるしかないだろう」 自身の目標変更を余儀なくされたことには憤っても、星矢の目標変更は至極当然のものと思っているらしい氷河が、冷淡なのか有意義なのかわからない助言を、星矢に提供する。 「俺にサルになれっていうのかよ!」 がなり声をあげつつ情けない顔になった星矢に、瞬は、温かいのか無謀なのかわからないアドバイスを提供した。 「自分で作るっていう手もあるよ。城戸邸の厨房にある食材を使って、クッキーやケーキを作るの。沙織さんも既に購入済みのものを有効利用する分には、300円の中に含まないんじゃないかな」 「俺、ホットケーキも焼けねーし! だいいち、ポテチはどうすんだよ! 俺の最愛のポテチ!」 「ポテトチップスはお芋をスライスして油で揚げるだけだから、クッキー焼くより簡単だよ」 有効かつ親切かつ無理無体な瞬のアドバイスを受けた星矢の表情が、更に情けなさの度合いを増す。 瞬のアドバイスに感謝はしても、そのアドバイスを実行に移せそうにない自分に溜め息をついて、星矢は、 「俺も日ペンのミコちゃんに目標変更してもらおうかなー……」 とぼやくことになったのだった。 星矢へのアドバイスが適当なものであるかどうかということには議論の余地があるが、仲間にそういうアドバイスを与えることのできる瞬は、『積極性と主体性を養う』を改めて目標に据えるまでもなく、極めて前向きな人間である。 というより、瞬は、自分以外の人のためになら積極性も能動性も発揮できるタイプの人間なのだった。 しかし、それが自分自身のこととなると、瞬は不思議なほど及び腰になる。 『地上の人々のために我が身を犠牲にすることも厭わない』という瞬の美徳は、『我が身をあまり顧みない』という悪習の側面を有しているのかもしれなかった。 紫龍が、そんな瞬の今年の目標に興味を持ったのは、自然なことだったろう。 思い通りに進行していかない人生を嘆き憤っている星矢と氷河を憂わしげに見詰めている瞬に、紫龍はおもむろに尋ねてみた。 「そういえば、瞬。おまえの今年の目標は何なんだ? 沙織さんは具体的な内容を俺たちに教えてくれなかったが」 「達成できなかったら恥ずかしいから内緒」 「邪悪な神サマを100人くらい倒してまわるとか、そんな大胆な目標か?」 「100人なんて、まさか――1人だけ……」 自分のささやかな目標が恥ずかしいのか、瞬の口調はあくまでも控えめで、はにかむようでさえある。 「ピンポイントでハーデス打倒とか――いや、ハーデスはもう打倒済みだから、他の神様をブッ倒すとか?」 「そういうんじゃないんだけど……」 横からクチバシを突っ込んできた星矢に、瞬が微かに首を横に振る。 瞬は、自分の目標を仲間たちに知らせるつもりはないようだった。 |