アテナが言っていた通り、北欧の神闘士は強かった。
自らの神を信じ、自らの正義を信じている者が決死の力を振るってくるのだから、それも道理のことだったろう。
彼等の“目的”が間違っているとは一概には言えない。
ただ、数十億の人間の犠牲をよしとする彼等の“手段”を、アテナは――瞬も――是とすることができないだけだった。

自身に課せられた任務を、瞬はなんとかやり遂げた。
敵地への侵入は容易で、敵は強かったが、だからこそ瞬は敵を倒さねばならず、また実際に倒したのである。
間違った神を信じてしまった――というだけの敵個人を悼むことはしたが、瞬は自身の戦いを悔いてはいなかった――悔いるわけにはいかなかった。

そうして自身の務めを果たすことはできたのだが、瞬は、そこで信じられないものを見ることになってしまったのである。
“信じられないもの”とは他でもない。
今頃はインドにいて インドのシステム開発者たちとミーティングをしているはずの氷河の姿を、瞬は北の国の氷の王宮で見てしまったのだ。

瞬と同時に別ルートからワルハラ宮に侵入した聖闘士たちが幾人もいたのだろう。
彼等は、それぞれの持ち場で それぞれの敵との戦いを始め、アテナの聖闘士の急襲はワルハラ宮に大きな混乱をもたらした。
その混乱の中に、氷河がいたのである。
「アテナの目的はグングニルの槍を奪うことだ。何があってもグングニルの槍だけは守るよう、教主に注進を!」
戦う力を持たない民たちが右往左往している中、見慣れぬ衣服を身にまとった氷河が叫んでいた。
彼が叫んでいる言葉は、彼が使えると言っていた言語――英語、フランス語、ロシア語、ヒンディー語、中国普通話、ベトナム語――のどれでもなかったが、その声は、紛れもなく瞬の知っている氷河のもの。

なぜ彼がここにいるのかと、瞬は呆然とすることになったのである。
瞬が呆然としているうちに――神闘士たちがすべて倒されたことを知って逃げ惑う北欧の民たちの中に、氷河の姿はいつのまにか消えてしまい、瞬は一人、その場に取り残されることになった。


(ど……どういうこと……? 氷河は今はインドに――なぜ氷河が……氷河じゃないの? あれは――氷河のはずがない。きっと違う……)
瞬は幾度も自分に言い聞かせた。
氷河が、こんなところにいるはずがない――と。

だが、見間違えようがない――のだ。
氷河ほど際立った美貌の持ち主が そうそう転がっているはずがなく、その声も体格も、瞬の見知っている氷河そのもの。
なにより、瞬の直感が、『あれ・・は氷河だ』と、瞬に訴え続ける。
自身の内なる声が聞こえぬ振りをすることは、アテナの聖闘士である瞬にもできないことだった。


あの時、『ワルハラ宮の東の塔にいる神闘士を倒したら、すみやかにワルハラ宮から脱出するように』というシャカの指示に逆らってでも、氷河を追いかけ、確かめるべきだったのか――。
聖域に戻ってからも、瞬は悩み続けていた。
崩壊寸前のワルハラ宮で知人を見かけたと、アテナやシャカに報告すべきかとも思ったのだが、瞬は結局そうすることはできなかった。
そんなことをして万一 氷河の抹殺命令が出たら、自分はどうすればいいのか――。

何よりも――グングニルの槍をアテナの聖闘士に奪取されてすぐ、北欧の偽救世主こと教主ドルバルは別の聖闘士に倒され、ワルハラ宮は崩壊した。
氷河が日本の自分の許に帰ってきてくれるのかどうかも、怪しい状況だったのだ。

誰にも言えぬ迷いと不安を自分の胸の内に押し隠し、瞬は一人、日本に帰国した。






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