「本当に、おまえと離れていると気が狂いそうになる。時々、おまえが転職して俺と同じ仕事に就いてくれればいいのにと、本気で思うぞ」
瞬とは違って、氷河の胸中には何の不安も心配もないらしい。
氷河のそれは、いつも通り10代の中学生高校生のそれのように元気で、彼の愛撫は、いつも通り40代50代の熟年男性のそれのように入念だった。

“いつも通り”でないのは瞬の方だったろう。
あの瞬間にも身体を強張らせることもなく、『いい』ではなく『いや』を繰り返し、それでいながら、体内に侵入してきた氷河に退くことを許さず、その四肢で彼を我が身に縛り続けたのだから。
「そんなの無理だよ……」
それでも無情に、瞬との接合を解いてしまった氷河に、瞬は泣きたい思いで小さく答えたのである。
氷河が珍しく真顔で、
「そうだな……」
と頷く。

そんな氷河の右の肩から胸にかけて 青黒い痣があることに気付き、瞬はそこに恐る恐る手をのばした。
「どうしたの……これ……」
「ああ。視察に行った先の会社がな、開発者の頭の出来は極めて優秀だったんだが、マシンルームが呆れるほど雑然としていて、俺を案内した奴が床のケーブルに躓いたら、ラックに積まれていたサーバマシンが俺の上にどどどどどーっと落ちてきたんだ。これでもかなり良くなったんだぞ。最初は赤なのか黒なのかわからないほど黒ずんで、壊死するかと思った」

それ以前に、常人ならば、肩甲骨や胸骨が砕けていただろう。
氷河の上に落下してきたものがサーバマシンなのかワルハラ宮の柱だったのかまでは、瞬には確かめようがなかったが、それにしても驚異的な回復力である。
氷河の体力が尋常のものでないことは、彼との毎日の性行為で知ってはいた。
だが、改めて こういう事実を見せつけられると、瞬は、ごく普通の会社員にすぎない彼の肉体が なぜここまで強靭なのかを疑わないわけにはいかなくなってしまったのである。

「そんなことより――今回の出張の振替休日をもらったんだが、どこかに旅行にでもいくか?」
「仕事で世界中を飛びまわってるんだよ。旅行はもう十分」
「今は内なる世界の探求の方がいいか。もうちゃんと夜だしな」
笑いながら そう言って、氷河が瞬の内に入り込むための愛撫を再開する。
こんな時だというのに――こんな時だからこそ? ――瞬は、氷河が欲しくてならなかった。






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