城戸邸に帰宅した瞬は、早速 星矢に、今日の戦いの成果と経過報告をした。
今年のチョコレート売り場での、快哉を叫びたくなるほど順調な戦いと勝利が、瞬は嬉しくてならなかったのである。
何よりも、例年とは異なり、女の子たちの迫力に負けて聖闘士としての自信を失う羽目に陥らずに済んだことが。

「氷河が一緒にいてくれるとね、女の子たちは氷河に見とれちゃって、それで自分の進軍を忘れちゃうみたいなんだよね。おかげで僕、今年は怪我ひとつせずに済んだよ。一度も誰にも足を踏まれなかったし、肘打ちを食うこともなかったし」
「うへ〜」
瞬の嬉しそうな戦闘経過報告は、むしろ、昨年までの瞬の苦労をしのばせるものだった。
星矢は、今日の戦いの様子を弾んだ声で語る瞬の前で、盛大に感嘆の息を洩らすことになったのである。

「俺、一度も行ったことねーけど、よっぽどすごいんだな、この時季のチョコレート売り場って」
「一見の価値はあるよ。来年は星矢が付き合ってくれる?」
「一生 近寄るつもりはねーよ! 俺がそんなとこにいたら、周りの女共に 自分のためにチョコレートを買いに来た哀れな男だって思われるのが落ちだ」

「あ……」
星矢にそう言われて初めて、瞬は、女の戦場に男が紛れ込むことには そういうリスクもあるのだということに思い至ったのである。
だというのに――氷河は、それでも女の戦場に同行してくれたのだ。
「で……でも、氷河なら、そんなふうに見られる心配はないよね。氷河は、チョコにも女の子にも不自由してないように見えるもの」
「……」
『星矢がチョコレートを貰う当てのない哀れな男に見られることはあっても、氷河はそう見られることはない』と、自分が言っていることに、瞬は気付いていないようだった。
瞬の発言内容そのものではなく、瞬が自分の発言の意味に気付いていないことに、星矢はしばし顔を歪めることになったのである。

「実際には不自由しまくりだけどな!」
少しむくれた顔で、事実を口にする。
瞬は、それには曖昧な笑みを浮かべただけだった。
氷河はアテナの聖闘士なのである。
『不自由している』というより、彼は自分の意思で あえてその『不自由』を選びとっているだけのことなのだ。
それは氷河だけでなく、星矢も紫龍も同じことのはずだった。

「でも、ほんとに助かった。氷河って、前から あんなに優しかったっけ?」
「そりゃ、相手がおまえだからだよ」
「え?」
「氷河は下心があって、おまえにだけ親切なの」
「な……なに言い出すの。急にそんなこと――」
寝耳に水とは このことである。
重要な秘密を語るようにではなく、周知の事実を改めて言葉にしただけのような星矢の口振りに、瞬はどぎまぎすることになった。

「おまえこそ、今さら なにとぼけてんだよ。チョコレート売り場に限ったことじゃねーだろ。氷河は、おまえの怪力を知ってるくせに、やたらとおまえの荷物持とうとするし、階段昇る時は いつもおまえの後ろに控えてるし。あいつは、俺や紫龍には絶対そんなことしねーもん。ま、されても困るけどな」
「あ……」
言われてみれば、その通り――のような気がする。
これまで氷河と一緒にいた様々な場面を思い起こしてみると、瞬はいつもその必・・・要がな・・・いのに・・・ 氷河に庇われ守られていたのだ。

だが――。
「だからって、下心だなんて――」
いくら何でも それは話が飛躍しすぎだと、瞬は思ったのである。
氷河は、少女に見間違われやすい姿を持った仲間に、単に(女性への)マナーとして気を配ってくれているだけなのかもしれないというのに。

「事実なんだから、仕方ねーだろ」
「それは、でも、僕が氷河の仲間だから、それだけのことで――」
「んなわけねーじゃん!」
呆れた口調で、星矢は瞬の話の腰を折った。
「ドロステのチューリップチョコを賭けてもいいけどさ。俺が100キロの戸棚を抱えて よろよろしてたって、氷河は絶対に自分が代わりに持ってやろうなんて殊勝なことは言ってこない。けど、おまえが500グラムの本を持ってたら、氷河は意地でも自分がそれを持とうとするんだよ!」

たかだか100キロの戸棚を抱えたくらいのことで、星矢に よろよろすることなどできるのかという問題はさておいて、星矢の指摘には瞬も覚えがないわけではなかった。
なにしろ、今日の戦いの戦果が入った某チョコレートメーカーのショッピングバッグも、瞬は自分で持つことなく、氷河に持ってもらって凱旋帰宅したのだ。

「でも……だったらどうして氷河は僕に何も言ってくれないの。氷河はその――そういうことを ためらったり遠慮したりするタイプじゃないでしょ。好きなものは好きだって言うし、嫌いなものはきっぱり無視するし――」
「あれ、氷河の奴、ほんとに おまえにまだ何も言ってねーの?」
氷河の下心には気付いていた星矢も、その事実は初耳だったらしい。
彼は、瞬の前で、心底意外そうに大きく瞳を見開いた。
それから、わざとらしい溜め息を一つ洩らす。

「おまえ、そういう趣味の奴に目をつけられやすい見てくれしてんだから、さっさとツバつけといた方がいいのにな」
「それ、どういう意味なの」
「可愛いだけならまだしも、一見した限りじゃ滅茶苦茶 大人しそうに見えるから、おまえアブナイんだよ。自覚してた方がいいぞ。万一そんな事態が起こったら、氷河は、たとえ相手が一般人でも報復行動に出るだろうし、そうなったら氷河は前科者になっちまうんだからな」
「馬鹿馬鹿しい。そんな変な人が現われたら、僕が優しく蹴倒してあげるよ!」

わざと立腹した顔を作って星矢にそう言い返した瞬の心臓は、なぜか突然その鼓動を速め始めていた。
瞬には氷河の“下心”は決して不快なものではなく――瞬は嬉しかったのである。






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