自分自身が望んだことだというのに、瞬は、サガの幻朧拳に支配された氷河の前に自分の姿を置くすことを恐れた。 そして、彼の視線を恐れた。 が、いつまでも氷河の目を恐れ、彼を避けているわけにもいかない。 サガから幻朧拳を撃ったという報告を受けてから半日後。 散々 迷いためらったあげく、瞬はありったけの勇気を奮い起こし、意を決して(だが、おずおずと)、氷河の前に自分の姿を置いてみたのである。 「……瞬?」 ちょうど宝瓶宮を辞してきたところだった氷河が、自分の目が捉えているものが何であるのかを見極めきれずにいるように 瞳を見開き、幾度も幾度も瞬きをする。 瞬を『瞬』と呼んだことから察するに、氷河は 彼はおそらく、亡くなった人の印象だけが瞬の面差しに重なって見えている状態にさせられているに違いなかった。 「あ……あの、氷河……」 恐る恐る瞬が彼の名を口にすると、途端に氷河は雷に打たれでもしたかのように全身を大きく震わせ、そして、その場から2、3歩ほど あとずさった。 視線だけは、瞬の上に据えたままで。 「氷河……あの……あのね……」 氷河のその態度、その反応は、どう考えても、大切な母の面影に再会できた歓喜によるものではない。 それは、瞬にもわかった。 氷河のその反応は、困惑ですらなく――氷河の青い瞳に浮かんでいる感情は、どう見ても“怖れ”としか言いようのないものだったのである。 瞬の目にはそう見えた。 「あ……」 やがて我にかえった氷河は、瞬の上に据えていた視線を、素早く脇に逸らした。 同時に、瞬に背を向ける。 そして、彼は瞬に一言もなく、そのまま宝瓶宮から双魚宮・アテナ神殿にまで続く石の階段を足早に駆けのぼり始めたのだった。 「氷河……っ!」 そういう経緯で。 その時、その瞬間から、氷河は――今度は氷河が――瞬を避けるようになった。 その姿を視界に入れることはおろか、声を聞くことさえ我慢ならないと言わんばかりに、氷河は露骨に瞬を避けるようになってしまったのである。 「ど……どうしよう……。どうして――どうしてこうなるの……!」 他に頼れる者もなく――氷河に避けられるようになってから丸一日後、瞬が涙ながらに すがっていった相手は、この手のことに関してはアテナの聖闘士の中で最も頼りにならない人物と言っていいだろう 某天馬座の聖闘士だった。 |