「氷河はマーマのことを忘れなさい。自分が幸福になることだけを考えなさい。どうしても思い出してしまうようだったら、その時は、『マーマは、今度こそ氷河の本当のマーマになるために頑張ってるんだ』と思って。マーマは、氷河が誰にでも誇れるようなマーマになるために、強い人間になるわ。氷河が聖闘士になるのと、マーマが本当に氷河のマーマになるのと、どっちが早いか競争しましょう」
氷河が、瞳を涙でいっぱいにして そう言う母と別れたのは、それから5日後のことだった。

昨日まで降り続いていた雪がやみ、純白の世界は眩しいほどに輝いている。
氷河は、我が子の未来を憂えている母に無言で背を向けた。
あれほど母を慕っていた幼い子供の変貌に、聖域からきたという男はさすがに懸念を覚えたらしい。
「君の母上は、君のために――」
行き先も知らないくせに、唇をきつく引き結んで大人の前を歩いている子供に、彼は声をかけたのだが、
「俺のためって、何だよ!」
それは、母と別れた子供の鋭い叫び声によって断ち切られた。

「俺のためって、何だよ……!」
こんなに悲しい思いをさせられることが 自分のためだというのなら、氷河は誰にも自分の“ため”など考えてほしくなかった。
『俺のため』に、氷河は自分の無力を思い知らされた。
氷河が この世界でただ一人 守りたいと願っていた人。
彼女を守ったものは、結局、彼女の小さな息子ではなく、聖域という得体の知れないものの権威と力だったのである。

非力な子供のプライドには、もちろん確たる根拠はない。
だが、氷河のプライドはずたずただった。






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