瞬王子の侍女たちは、この椿事に大喜びでした。
なにしろ、恋は戦争なんかよりずっとずっと楽しくて素敵な出来事です。
それが たとえ自分の恋でなくても、楽しいことに変わりはありません。
もっとも、もしそれが どこぞのお姫様と王子様の恋だったなら、彼女たちがそこまで喜んでいたかどうかはわかりませんけれどね。
自分と同性のお姫様が美しい王子様に恋されているシチュエーションなんて、へたをすると やっかみの感情を生みかねない事態。
王子様と王子様の恋だから、他人の恋でも楽しいのです。

しかも、氷河は大層端正な容貌と均整のとれた姿態の持ち主でした。
侍女たちが張り切って調達してきた王子様ルックに、衣装負けしない その姿。
もとは魚でも、さすがに王子様だけあって、その立ち居振る舞いはスマートで颯爽としています。
その王子様は、しかも、侍女たちの大好きな倒錯の恋に燃えているのです。
恋する男がセクシーでないはずがありません。
お城に綺麗な王子様が増えたことは、侍女たちの勤労意欲を大いに刺激することにもなったのです。

ところで、問題のおサカナの王子様は大層積極的な王子様でした。
瞬王子の愛を手に入れることができなければ、彼は海の泡となって消え行く運命なのですから、それは当然のことだったでしょう。
「あの時、俺はおまえに恋をしたんだ」
氷河は、瞬王子に腰を折られた話の続きを語り、その日のうちに、瞬王子に『愛している』と恋の告白をしました。
そんなことを言われるのは生まれて初めてだったので、瞬王子はそれはもうどきどきしたのです。
それだけなら、まだ問題も実害(?)もなかったのですが。

命がけの恋をしている氷河のアプローチは大胆かつ積極的。
彼は、口が達者なだけでなく、手も早かった――もとい、その行動も大層迅速だったのです。
瞬王子はといえば、氷河を海の泡にしてしまわないために、彼にキスされても拒めません。
抱きしめられても、逃げられません。
そんなことをしたら、瞬王子に恋を拒まれた氷河がいつ海の泡になって消えてしまうかわからないのですから、瞬王子は氷河に対して迂闊なことはできなかったのです。

氷河は綺麗で情熱的で、瞬王子に対してはとても優しく、しかも燃えるような恋の情熱をたたえた眼差しを瞬王子にだけ注ぎ続けます。
最初は恥ずかしくてならなかったのですが、瞬王子は彼に見詰められていることに だんだん慣れてきました。
そして、瞬王子は、最後には、氷河に見詰められていないと不安を覚えるほどになってしまったのです。
氷河に見詰められていないと不安でたまらなくなり、彼に見詰められると、瞬王子は彼に抵抗できなくなってしまうのです。

そういう状態でしたので。
人間として出会って10日も経たないうちに、二人の関係は同じベッドで同じ夜を過ごすところまで進展してしまったのでした。
こんなことをしてもいいのだろうかと、瞬王子も一応 悩みためらうことはしたのです。
けれど、氷河に見詰められ、熱っぽい口調で『愛している』と囁かれると、瞬王子はどうしても彼の言う通りにせずにはいられなかったのでした。

瞬王子と氷河が本当に倒錯的な関係になると、それまで散々 ふたりを煽っていた侍女たちも、さすがに心配になってきました。
ですが、心配顔になった侍女たちとは対照的に、その頃には、瞬王子の方が氷河との恋に夢中になってしまっていたのです。
何といっても、氷河に恋されているお姫様ならぬ王子様が本当に氷河に恋してしまったら、氷河はもう海の泡になって消えてしまうことはないのですから、瞬王子は自分が氷河に恋することに躊躇を覚えることはなかったのです。

瞬王子は、氷河と共に過ごす毎日が楽しくて嬉しくてなりませんでした。
氷河に情熱をたたえられた瞳で見詰められ、『愛している』と囁かれると、身体が芯から溶けてしまうような錯覚に捉われます。
王子様の衣装を着けている氷河はとても素敵でしたが、裸の氷河はもっと素敵でした。
生まれて初めての恋に、瞬王子はすっかり夢中だったのです。

ですが、瞬王子の幸福な日々はあまり長くは続きませんでした。
いつまでも戦いの火蓋が切られないゴールドランドとの戦争に さすがに飽きてしまった瞬王子のお兄様が、ある日 前触れもなくお城に戻ってきたことで、瞬王子の幸福な日々には終止符が打たれることになってしまったのです。






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