別れの時。
瞬の兄は、瞬に、
「必ず聖闘士になって生きて帰ってこい」
と言い、瞬は兄に頷いた。
瞬の首肯は、だが、自分のためというより、兄のため――兄の心を少しでも安んじさせるためのものだったろう。
兄の激励に元気に頷いてみせても、兄は泣き虫の弟の身を案じ続けるだろうが、それでも、弟は弟なりに頑張っているのだと兄には思っていてもらいたい。
そのために、瞬は兄の言葉に頷いてみせたのである。

だが、氷河の言葉は瞬の兄とは違っていた。
彼は、最初から、瞬が聖闘士になれるはずがないと決めつけていたのだ。
「おまえが聖闘士になんかなれるはずがない。聖闘士になんかならなくていい。だが、死ぬんじゃないぞ。どんなずるい手を使ってもいい。いざとなったら逃げ出してもいいから、とにかく生き延びることだけを考えるんだ。生きて帰ってきさえしたら、それだけで俺はおまえを褒めてやるから」
「うん……」
そんなふうに兄とは真逆のことを言い募る氷河にも、瞬は頷いたのである。

瞬にそう告げる氷河の目はつらそうで、彼は我が身のことはあまり心配していないようだった。
氷河自身は、どれほどつらい運命にも耐えられる自信があるのだろう。
彼は、彼に与えられている ただ一つの道を甘受してしまえるだけの余裕と諦観を備えている。
本当は、氷河が――氷河こそが、己れに与えられた運命を誰よりも諦めてしまっている子供なのかもしれなかった。
だが、彼は、瞬の運命だけは諦めきれないのだ。
だからこそ氷河は、瞬に『諦めろ』と言い続けるのかもしれなかった。
瞬に、生きることを諦めてほしくないからこそ。

「生きて帰ってくるんだ」
そんな氷河が、瞬を抱きしめて呻くように言う。
氷河は非力な仲間に絶望を与えようとしていたのではなかったのだということが、今は瞬にもわかった。
氷河は、我が子に『生きていてくれさえすればいい』と望み、子供を甘やかし続ける愚かな親のようなものなのだ。
生きていさえすれば 他には何も望まない、俺がおまえを守ってやるから――守ってやりたいからと、彼は望む。
我が子の弱さを認め、それでも生きていていいのだと言ってしまう者。
子供の自立や可能性より、自分が我が子を守れる存在であることに幸福を見い出す愚かな親。
そんな愚かな人間が、だが、無力な子供には唯一の避難場所たりえるのだ。

「氷河……は、僕を嫌いなんじゃないの」
「俺はおまえが好きだ」
瞬の瞳に涙が盛りあがってくる。
その一言だけで頑張れると、瞬は思ったのである。
これから自分が向かう場所がどれほど過酷な場所でも、自分はそこで頑張れる――と。
そして、瞬は、実際に“頑張った”のだ。






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