そうして、瞬は、聖闘士になって故国への生還を果たしたのである。

『聖闘士になんかならなくていい』
『とにかく生き延びることだけを考えるんだ』
『生きて帰ってきたら、それだけで俺はおまえを褒めてやるから』
氷河にそうまで言われていた みそっかすが、死ななかっただけではなく、聖闘士になるという奇跡を成し遂げて仲間たちの許に戻ってきたのである。

瞬は、自分は氷河に“褒めて”もらえるものと思っていた。
“褒める”は冗談としても、その生還を喜び、また安堵してももらえるだろうとは思っていたのである。
青い瞳をした、愚かなまでに優しいあの“親”は、不出来な我が子の成長をどんなふうに驚き呆れてくれるのか。
その様を想像するだけで、瞬の胸は高鳴った。
だというのに。
瞬のその期待は思いがけなく――本当に思いがけなく、裏切られてしまったのである。


瞬が生きて帰ってきたこと自体は、氷河も喜ばしく思ってくれたようだった。
だが、瞬がアンドロメダ座の聖衣を手に入れた事実を知らされた途端に、それまで明るく輝いていた氷河の瞳は にわかにかき曇り、その表情は固く強張ってしまったのである。
瞬が聖闘士になったことを褒めるどころか、彼は、泣き虫で弱虫の仲間が無事に生きて帰ってきたことが不愉快でならないという顔つきになり、最後に、瞬に対して冷ややかな視線を投げることをした。

「どうして……」
再会の時、結局氷河は瞬の名前さえ呼んでくれなかった。
氷河の笑顔を――彼の喜ぶ顔だけを期待していた瞬は、氷河のその態度に出合って しょんぼりと両の肩を落とすことになったのである。
「どうしてなの……。生きて帰ってきたら褒めてやる――って、氷河、言ってくれてたのに……。僕を好きだって言ってくれてたのに……」

「ん?」
すっかり落胆してしまった瞬と、瞬を落胆させている氷河を交互に見やり、天馬座の聖衣を手に入れて帰国を果たした星矢が、不思議そうに眉をひそませる。
彼は、二人の様子を奇妙に思い、龍座の聖衣を日本に持ち帰った仲間の脇腹を肘でつつくことになった。
「これって、瞬にしちゃ上出来だよな? 氷河は、生きて帰ってきたら褒めてやるって、瞬に約束してたんだろ? なんで褒めてやらねーんだろ」
そんなことを尋ねられても、氷河ならぬ身の紫龍に、氷河の考えなどわかるはずもない。
「瞬が生きて帰ってきたことは、氷河も喜んでいると思うが……。瞬が聖闘士になれるとまでは、氷河も考えていなかったのかもしれないな。推察が外れて、自分の見る目がなかったことに腹を立てている――とか」

あまり自信がなさそうな紫龍の言葉を聞いた星矢は、これは当人に確かめるしかないと思ったらしい。
物怖じも遠慮も知らない星矢は、だから、当の氷河に向かって確認を入れたのだった。
「おまえ、そんなことで機嫌を悪くしてるのか?」
と。

「……まあ、そんなところだ。俺の人生は、いつも何もかもが俺の望む通りに運ばない」
紫龍の推理は、当たらずとも遠からず――だったらしい。
それにしても、それはそんな沈鬱な口調で語ることだろうかと、星矢の疑念はますます深まることになったのである。
「なんだよ。これはおまえが望んでた以上にいい結果だろ。生き延びれるかどうかも危ういって思われてた瞬が、立派に生還してきたんだから。しかも、ちゃんと聖闘士になってだぞ。おまえ、瞬が帰ってこない方がよかったとでもいうのかよ」
「そうは言わない……が」
氷河の声は、だが、やはり深く沈んでいる。
彼が、瞬の聖闘士としての生還を手放しで喜んでいないことは、誰の目にも明らかだった。

「人を傷付けるのが嫌いな瞬が戦うことで幸福になれるはずはないし、そうなったら瞬は戦いの場では俺たちの足手まといになるだけだろう」
「おまえはさ、瞬は弱虫の泣き虫だって決めつけすぎてるんだよ。もう少し、瞬の可能性を信じてやったらどうなんだ。瞬は、瞬なりに一生懸命なんだから」
城戸邸に集められた子供たちの中で最も聖衣に遠いところにいると思われていたにも関わらず、瞬は聖闘士にすらなって仲間たちの許に帰ってきたのである。
瞬が仲間たちの足手まといになるとは限らないだろう――というのが、星矢の考えだった。
泣き虫のみそっかすだった瞬が、彼の仲間たちを支え、助けることとてあるかもしれないではないか――というのが。

だが、氷河は、星矢ほどには楽観的になれないらしい。
星矢にそう言われても、氷河の瞬を見詰める瞳は、あくまでも暗く――不愉快そうなままだった。






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