氷河の懸念を星矢に知らされた瞬は、彼の懸念を払拭するために、帰国した故国で“頑張った”。 アンドロメダ島にいた頃よりも更に、瞬は“頑張った”。 だが、聖闘士としての日々は、瞬にはあまりにも過酷だったのである。 もしかしたら氷河の懸念以上に――聖闘士になった瞬の上に降りかかってきた運命は過酷なものだったかもしれない。 まず、瞬の兄が、敵として瞬の前に現われた。 こんなことがあっていいのかと、瞬の心は ただただ乱れ、戸惑うことしかできなかったのである。 その“運命”と戦うことはおろか、憤ることさえ、瞬にはできなかった。 瞬の思いも願いも無視して、兄は敵として瞬の前にあり、彼は彼の弟や かつての仲間たちの命を奪おうとした。 彼の幼馴染みたちは、我が身を守るためにも、瞬の兄と戦わないわけにはいかない状況に追い込まれ――だが、瞬は、兄を倒そうとする氷河に、兄を許してくれと泣いてすがった。 それは、正義を守るアテナの聖闘士にはあるまじき行為だったろう。 氷河は、瞬を冷たく突き放し、その拳を瞬の兄に向けた。 それでも、瞬は氷河を恨むことはできなかった。 氷河の行動は、聖闘士としても一個の人間としても正当なものなのだ。 ――彼は正しい。 そして、氷河が懸念していた通りに、仲間たちの足手まといになっている自分に、瞬は唇を噛むことになった。 兄との決着がついたあとも、瞬たちの前には次から次へと新たな敵が姿を現わした。 瞬が白銀聖闘士相手の戦いを何とか生き延びることができたのは、矢継ぎ早に現われる敵たちが、瞬に、戦いの意義や意味について迷い悩んでいる余裕を与えてくれなかったからだったろう。 それは、聖闘士としての瞬にとっては幸運なことだったかもしれない。 迷いに捉われて己れの拳を放つことを躊躇するようなことがあったなら、瞬はまた氷河に『おまえは聖闘士に向いていない』と言われていたかもしれなかった。 アテナに従って聖域に行くことになった時、瞬にはやっと、自身の戦いに思い悩む時間と余裕が与えられたのである。 いったいアテナの聖闘士たちの戦いはいつ終わるのか――あるいは、終わらないのか。 その戦いに意義はあるのか――あるいは、意義などないのか。 皮肉なことに、その強さを増し敵を倒す経験を重ねることで、瞬には、自分が聖闘士としてあることを思い悩む余裕が生まれてしまったのだった。 その上、何とか一つの戦いを終え、敵を倒し、瞬が少し自信を持つたびに、氷河は瞬の戦い方を口を極めて非難した。 『おまえは、あそこで攻撃をためらった』 『甘いことを言って、敵に反撃の機会を与えた』 『おまえは戦いに向いていない』 『聖闘士でいることなど やめろ』 『おまえは、聖衣を返上した方がいい。その方がおまえのためだ』 『戦意と主体的な攻撃性に欠けているおまえは、聖闘士としては最低だ――』 氷河が瞬に投げつける言葉は、苛烈で辛辣で、時に理不尽で、それは、泣き虫だった頃の瞬を知っている星矢たちも呆れるほどだった。 瞬は敵と戦い、勝利し、生き延びている。 だというのに、瞬が聖闘士としての務めを果たしてのけるほどに、氷河の侮蔑の言葉は激しさを増していくのだ。 「向いてなくても、励ましてやるのが仲間だろ」 すっかり落ち込んでしまっている瞬を見て、星矢たちは幾度か氷河に忠告したのだが、彼はその態度を改めようとはしなかった。 いよいよアテナと共に聖域に向かうという時になっても、氷河は彼の主張を変えなかった。 「おまえは日本に残った方がいい。星の子学園で子供たちの世話でもしていた方が――おまえには、その方が似合ってる。それは逃避じゃない。卑怯でもない。戦いなんて、おまえには似合わない」 もはや迷っている段階ではない、もう迷いはない――と意を決している瞬に そう言い募り、氷河は瞬を迷わせた。 「氷河……」 「俺は、おまえに好まぬ戦いで傷付いてほしくないんだ」 氷河は執拗に、まるで『これはおまえの身を案じているからこその苦言だ』と弁解するように、瞬に戦線離脱を促す。 だが、瞬は、氷河にそう言われるたびに、自分は氷河に その強さや力を信じてもらえていないのだという思いが増すばかりだった。 「おまえが戦いを続けるなんて、馬鹿げている。ガキの頃とは違う。今こそ――力を手に入れた今なら、おまえはおまえに向いた生き方を自分で選ぶことができるんじゃないか。日本に残れ」 「でも、氷河は聖域に行くんでしょう」 「おまえの分も、俺が戦うから。聖域にいる黄金聖闘士は、これまでの敵とは桁違いに強いという話だ。戦いに迷いを抱いているおまえが、そんな奴等と戦うのは無理だ」 「……」 戦いの是非や我が身の安否ではなく、氷河の言葉に従えないことに、瞬は思い悩むことになったのである。 だが、瞬は、結局、仲間たちと共に聖域に向かうことを決意した。 「僕が聖闘士として戦い続けるべきなのか、そうじゃないのか、まだ答えが出せないの。その答えを見付けるためにも、僕は聖域に行こうと思う」 氷河には、そんなふうに あやふやな言い訳をして。 そうして向かった聖域で、瞬は、おそらく、最強の黄金聖闘士相手にアテナの聖闘士としての務めを全うしてみせたのだった。 |