冥王家の一族

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「冥王家の当主というと、畿内の帝王と言われてる、あの?」
「あら、俗気を捨てたような あなたでも彼を知っているの? そうよ、畿内の帝王と言われていた あの冥王家の当主が亡くなったの」
城戸沙織は そう言いながら、法的には彼女の義兄に当たる金髪の男に、意外そうな顔を向けた。

「地獄の閻魔大王より冷酷で、天界の神より切れ者というので有名な人物だ。おまけに、『西の冥王、東の城戸』とウチと並び称されるほどの金満家。知らないはずがないでしょう」
その金髪の男――城戸氷河――が、沙織の意外そうな視線に、軽く肩をすくめてみせる。
氷河が、仮にも妹である沙織に丁寧語を用いるのは、彼女が彼にとって、義妹であると同時に雇い主――極めて寛大な雇い主――でもあるからだった。

城戸財閥の総帥――というのが、現在の彼女の肩書きである。
彼女は、先代の総帥 城戸光政が その才を見込んで城戸家の養女に迎えた才媛――ということになっていた(事実もそうである)。
先代の総帥とも氷河とも血の繋がりはない。
城戸財閥の先代総帥・城戸光政は2年前に亡くなったのだが、その際、彼は、養女である沙織に城戸家の莫大な財産と城戸財閥の総帥権を譲り、実子である氷河には その相続権を放棄させた。
『私の息子は馬鹿ではないが、経営の才はない』というのが その理由で、城戸光政が断行した財閥総帥の代替わりは、実の息子への情愛より 城戸財閥の存続と発展を優先させた稀有な決断として、財界では――否、日本国中で――知らぬ者とてない有名なエピソードである。

196X年。
日本国は現在、歴史に類を見ない高度成長期のただ中にあった。
先の大戦が終わって20余年――すなわち、日本国に男女平等の思想が入ってきて20余年。
憲法上・法律上ではどう謳われていようと、現実の世界では、家督の相続にはまだまだ男子の方が優先されているこの時代。
先代総帥の決定は、肉親の情愛を無視したものであり、かつまた、日本国に根強く残っている男子優越の思想を無視したもので、世の人々に非常な驚きをもって迎えられたのである。
それは型破りの決定ではあったが、先代総帥の英断でもあった。
彼の思惑は当たり、城戸財閥は女性総帥の指揮のもと、その財力と社会に対する影響力を 日々増している。

そして、実の父親に『経営の才無し』のお墨付きをもらった先代総帥の実子である氷河は、莫大な遺産を血の繋がらない義妹に奪われたことを憤るどころか、総帥の相談役という形ばかりの役職を与えられ、気楽な昼行灯暮らしを決め込んでいた。
彼は、時々 沙織の話相手を務める時以外は、城戸財閥の資産管理を主な業務とするキド・ホールディングス本社ビルの相談役室で、事もあろうに下世話な探偵小説を書き綴るなどという優雅な日々を送っていたのである。
最初は 著者の来歴が物珍しがられてのことだったかもしれないが、彼の本は売れていた。
『経営の才はないが、馬鹿ではない』という先代総帥の見立ては正しかったのだろう。
財産や権力への執着が はなはだしく欠けている(らしい)氷河は、そういう生活に大いに満足していたのである。






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