天雄雄人が、彼の計画通りライバルたちが消えたことを喜び、その喜びを表に出さないようにしているのか、それとも、次の犠牲者は自分かもしれないと考え、恐れ、虚勢を張っているのか。
猛人の事件の当日はわからなかったのだが、そして、翌日以降も天雄雄人は表向きは神妙な態度をとるよう努力はしていたようだったが、やがて氷河には、雄人の心を占めているものは前者の思いなのだということが見てとれるようになった。

それが彼の“計画通り”だったのか、降って湧いた幸運だったのかというところまではわからない。
だが、雄人は、これで冥王家の財産は自分のものになると確信し、本心では笑いが止まらない状態にあったのだ。
急にライバルが二人共消え去ったため、自分に疑惑の目が向けられていることは承知しているのだろうが、貴人と猛人は死んだわけではない。
これが連続殺人事件というのならともかく、彼が犯人ではないかと疑われているのは“軽い”傷害事件にすぎないのである。
冥王家の財産を自由にできるようになれば、警察を黙らせることなど簡単なことだと、彼は楽観するようになったらしい。
貴人と猛人の消えた冥王家で、やがて彼は家人たちに当主然とした態度をとるようになっていった。

そんな雄人とは対照的に、従兄弟たちに二度までも乱暴されそうになった瞬はすっかり怯えきっていた。
夜は寝室に鍵をかけ、昼はパンドラか氷河の側を離れようとしない。
瞬に頼られることは嬉しいのだが、瞬をそうさせている理由が理由なだけに、氷河は瞬が痛ましく感じられてならなかった。
だが、すっかりこの家の主人になったつもりの天雄雄人は、やがて、そんな瞬にまで権高に振舞うようになったのである。

「瞬、おまえの兄のことで話がある」
雄人が、あえて氷河とパンドラのいるところで瞬にそう言ったのは、瞬の身を守っている者たちに己れの優位を誇示しようという意図があってのことだったろう。
「あ……」
今となっては瞬が最も恐れている男――の“命令”に、瞬が怯え たじろぐ。
雄人は、そんな瞬の様子を、むしろ楽しんでいるようだった。

「他聞をはばかるようなところで、おまえの兄を見かけたという者がいてな。今すぐ、俺の部屋に来い。付き添いなしでな」
「あの……」
「おまえはもう俺のものになることが決まった。襲ったりはしない。その必要はないんだからな。何なら、結婚式当日まで清い仲でいることを約束してやってもいいぞ」
「……」

すっかり冥王家の当主になったつもりでいるらしい雄人の傲岸に、パンドラが悔しそうに唇を噛む。
だが、冥王家の使用人であるパンドラには、今の雄人に正面きって逆らうことはできないようだった。
おそらくパンドラは、そんなことをして この家を解雇され、瞬の側にいられなくなることを恐れているのだろう。
だが、氷河は冥王家の使用人ではない。

「雄人の部屋というのは」
「東の棟の中央の部屋を使っています。カウンターバーがあるのは、その部屋だけなので」
力を頼めるのは もはや氷河しかいないと言わんばかりの眼差しで、パンドラが氷河を見詰めてくる。
瞬の忠実なしもべに軽く手を上げ合図して、氷河は二人のあとを追った。






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