『おまえはもう俺のものになることが決まった。襲ったりはしない』と確言していた男は――それだけでも十分に不愉快な発言だったのだが――、パンドラの言っていたバーのある部屋で、もっと不愉快でおぞましい言葉を吐いていた。
「あの二人は本当はもう少し育ってからの方が好みだったらしいが、俺は若ければ若いほどいい。先代があんな遺言を遺す前から、おまえには目をつけていたんだ」

それはどういう聞き方をしても、恋の告白などではなく、下卑た欲望の吐露である。
腹が立ってならなかったが、この手のことも三度目となると、氷河も既に心得ていた。
正当防衛を主張し、猛人を犯罪者にするためには、彼が瞬に手をかける時まで待たなければならないのだ。
すっかり思い上がっている雄人は、扉に鍵もかけていない。
それを確認し終えると、氷河は、早く雄人を殴りたいと勇み立つ己れの手を、必死の思いで押さえつけた。

「兄さんのことは……」
「知らん。ああ言えば、おまえが日頃の用心を忘れて ほいほいとついてくることがわかっていたからな」
「あ……」
「わかっているとは思うが、これはおまえの夫となる者に与えられた当然の権利だ」
「は……放してください!」
瞬の懇願で、雄人の手が瞬に触れたことがわかる。
その時を待っていた氷河は、もちろん この上なく速やかに室内に飛び込み、長椅子の上に瞬の肩を押しつけようとしていた男を殴り飛ばしてやったのだった。

これで、瞬の夫候補である三人が三人共、腕力で瞬を支配しようとしたことになる。
何という芸のなさかと腹を立て、似たもの同士と軽蔑し、どうにかして雄人に与えられた権利を法的に奪うことはできないものかと、すっかり氷河に頼りきっている瞬の肩を抱きながら、氷河は思うことになったのだった。

貴人と猛人を子を成せない身の上にしたのは雄人であろうから、これ以上の“事件”は起きないだろうと、その時 氷河は思い込んでいたのである。
翌朝、部屋の掃除のために雄人の部屋に入ったメイドによって、バーのカウンターの内側に倒れ伏している雄人の姿が発見されるまでは。

貴人と猛人の身の上に降りかかった災難は、雄人が為した行為のはずだった。
が、抗アンドロゲン剤は、雄人の体内からも検出された。――検出されてしまったのだ。
その日のうちに、警察の調査で、バーにならんでいた50本ほどの酒壜の中に、抗アンドロゲン剤の混入された酒が3本ほど混じっていたことが確認された。
その中の1本を、彼は昨夜口にしてしまったらしい。


かくして。
瞬の夫候補だった・・・三人が同じ不幸に見舞われたことで、事件は新たな局面を迎えることになった。
『この三つの事件は、瞬の夫候補である三人のうちの誰かが他の二人を蹴落とすために企んだことである』という仮説は、瞬の夫候補の三人が三人とも被害者になることで成立しなくなってしまったのである。






【next】