瞬が犯人でないことが確信できた時点で、一連の事件は氷河の中では終わっていた。 だが、氷河の外では、その事件はまだ解決を見ておらず、氷河は依然として この事件の重要参考人であり、冥王家を立ち去ることを(警察からの要請という形で)禁じられていた。 事態が急転直下の解決に向かったのは、雄人の事件から1週間後のこと。 パンドラが 冥王家の庭の一画で、なにやら不審な薬品を処分しようとしていたところを、冥王家の警備に当たっていた県警の刑事に見咎められたのが、直接のきっかけだった。 パンドラが処理しようとしていた薬品は、瞬の三人の従兄弟たちの身体から検出されたものと同じ薬品だったのである。 警察に任意同行を求められたパンドラは、警察に先代直筆の指示書を提出することで、己が身の潔白を証明してみせたのだった。 『時が来たら、余の居間の金庫にある薬品を処分せよ。これは余と冥王家の名誉を守るために必要なことであり、絶対の命令である。この指示を実行する者は、その理由を知る必要はない』 と、その指示書には書かれていた。 冥王家先代は、万一 パンドラが捕えられた時のために、その指示書を残しておいたものらしい。 パンドラは 冥王家先代が彼女にその作業を指示する理由を知っていただろうし、彼女が秘密裏に処分しようとしていたものは、冥王家先代の企みが失敗した時の予備として使われるはずのものだったろう。 おそらくは、その時こそパンドラ自身の手で。 冥王家先代は他にもパンドラに口頭で様々な指示を出していたに違いないと、氷河は察した。 無論、パンドラはそんなことをおくびにも出さなかったが。 いずれにしても、天貴貴人・天猛猛人・天雄雄人 連続傷害事件の犯人は、生きている人間ではなく、事件が起こる前に亡くなっていた冥王家先代だったのだ。 事件は被疑者死亡のまま書類送検。 畿内の帝王と言われた男の死が引き起こした連続傷害事件は、かくして 完全な終結を見ることになったのである。 それは、あまりにも あっけない幕切れだった。 だが、もしパンドラが薬品の処分現場を刑事に見付からなければ、事件はいつまでも解決しなかっただろうし、犯人でない者が犯人として捕えられる可能性もあったかもしれない。 おそらく冥王家先代は、薬品処分の現場が刑事に見付かるように振舞えと、パンドラに命じていた。 『そうして、事件を終わらせるのだ』と、おそらく。 氷河はそう考えないわけにはいかなかった。 すべてが冥王家先代の計画で、その計画の通りに事は進んだのだ。 『死せる孔明、生ける仲達を走らす』とは『晋書』宣帝紀にある言葉だが、まさにその言葉通り。 生きている人間たちは、死せる瞬の父に踊らされ続けていたのである。 |