『見張りは、自分が見張りであることを他人に知られてはならない。ゆえに見張りは迂闊に動いてはならない』という昼間の苦行は、夜の瞬を行動的にした。

「あっ……あっ……ああ……ああんっ!」
瞬は、とにかく身体を動かしたかったのである。
物陰に身を潜め、石像のように気配を消し、ひたすらスイカの芽を見守っていなければならないことの反動が、夜の瞬を常になく大胆にしていた。
もし氷河が望むなら――望んでくれていたなら――瞬は、氷河のベッドの上で、二つ巴の態勢で地獄車を50回転するくらいのことは、喜んで実践していたかもしれない。

手足を思い切り伸ばし、そして、曲げること。
上体を起こし、あるいは倒し、あるいは捩じり、あるいは背後に大きく反らすこと。
これまで特別に意識することなく為していた、それらの何気ない“運動”の素晴らしさを、瞬は、スイカの見張りという苦行を課せられることになった その日の夜から、強く明確に認識するようになった。

身体を動かすことの何もかもが、爽快で気持ちがいい。
氷河の身体の重みを感じること、氷河が加えてくる力に逆らうこと、結局は氷河に屈して その力を受け入れること。
激しい運動によって心拍数が急上昇すること、それがゆっくりと治まっていくこと。
氷河と共に行なう“運動”の何もかもが、瞬に信じられないほどの快感――大きな解放感を伴う快感――をもたらした。

しかも、その運動には、氷河の愛情という素晴らしい付加価値がついているのだ。
初めて氷河にそれを求められた時には、
「これは僕が氷河を好きで、氷河も僕を好きでいてくれるからすることなんだよね?」
と幾度も念を押したことも忘れ、瞬はすっかり氷河との“運動”そのものに夢中になっていた。


瞬のそういう態度と反応は、氷河にとっては決して不愉快なものではなかった。
これまでは、コトに及ぶ際にはいつも やたらと恥ずかしがって四肢の力も心も内側に向ける傾向が強かった瞬が、突然、自分から大胆に身体を開くようになってくれたのである。
それが嬉しくないはずがない。

しかし、そんな瞬の変化を、氷河は手放しで喜び歓迎することはできなかった。
何といっても、瞬の変化は夜だけのことではなかったのだ。
夜の瞬も変わったが、昼の瞬はもっと変わった。
氷河は、夜はともかく、日中の瞬の態度が気掛かりでならなかったのである。
「瞬。おまえ、最近、昼間どこに行っているんだ? 気付くと いないことが多いんだが」
「え……?」
「これまでは、その、何だ。特段の用がない時にはいつも俺の側にいただろう?」
「あ……それは……」

氷河に散々“運動”させられて、荒ぶり乱れていた呼吸が少しずつ静まり、心地良い幸福感に包まれかけていた時に、突然氷河にそんなことを尋ねられ、瞬の心身は頭から冷水を浴びせかけられたように緊張することになったのである。
いつもなら、恋人が我を失って乱れれば乱れるほど、その事実を喜び歓迎する氷河が、今夜はひどく機嫌が悪い。
氷河の不機嫌は、ある意味では至極当然のことだったろう。
瞬が乱れ大胆になることを氷河が喜ぶのは、それが恋人の愛撫によって生じた変化だと思えるから――なのである。
本来は控えめで つつましい瞬を、自分の愛撫によって乱すことができたという事実に、氷河は悦に入るのだ。
言ってみれば、自らの努力が報われたこと、その成果を確認できることが嬉しいのであって、氷河は実は降って湧いた幸運を喜ぶことのできない男だった。

その上、瞬は恋人に何か隠し事でもしているようで、ここ数日、二人は昼間一緒にいることがほとんどなくなっていた。
以前は、氷河が顔をあげれば、いつもそこに瞬がいて、氷河が手をのばせば、すぐそこに瞬の手があるのが当たりまえのことだっただけに、氷河は昼間の瞬の不在が不快でならなかったのである。
瞬が夜には必ず自分の側に戻ってくるから、氷河は かろうじて爆発せずにいられるようなものだったのだ。

「それは、あの……」
別に悪いことをしているわけではないのだが(と、瞬は思っていた)、まさか毎日 庭の木の陰や廊下の隅に身を潜ませ、スイカの命を見守っているのだなどとは、氷河には言えない。
そんなことを氷河に知らせたら最後、氷河は、
「スイカのために俺をないがしろにしているのかっ!」
と瞬を怒鳴りつけてくるに決まっているのだ。

「さ……最近、あったかくなってきたから、散歩に出てるの。あちこちで色んな花が咲き出してて、それを見てるのが楽しくて――」
たった今まで“悪いこと”をしているつもりはなかったのに、結局 瞬は秘密を守るために 氷河に嘘をつかざるを得なくなってしまった。
自分にそんな嘘をつかせた星矢を、瞬は少し恨んでしまったのである。

「なら、次からはその散歩に俺を誘え」
「そ……それは駄目だよ」
「なぜだ」
「それは……だ……だって、ほら。氷河って、いつも、僕が『あの花 綺麗だね』って言うと、『おまえの方がずっと綺麗だ』なんて馬鹿なこと言うでしょ。あれじゃ、花が気を悪くするもの」
「花の機嫌なんか、俺が知るか」

瞬の苦衷と苦労も知らず、氷河の答えは取りつく島もない。
氷河の追求を逃れるために、瞬は、最後の手段を採ることにした。
つまり、瞬は、取りつく島もない氷河の胸にしなだれかかっていくという手段に訴えたのである。
良心に痛みを感じつつ、おずおずと。
「そ……そんなことより、あのね……。氷河、僕、もう一度……ね?」
「……」
それは、氷河の追求から逃れるための苦肉の策ではあったのだが、それだけというわけでもなかった。
瞬は本当に、いくらでも――朝まででも――氷河との“運動”を続けていたかったのである。
今ならそれもできると、瞬は本気で思っていた。

氷河はまだ何か訝っているようだったが、しかし、彼は、瞬に求められて、それを拒むことは男の沽券に関わると考える男だった。
すぐに氷河が瞬の上にのしかかってくる。
瞬はほっと安堵して、氷河の背に両の腕を絡めていったのである。






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