そんなふうにして、運動不足は氷河解消するにしても、である。
だから、昼間の不動状態が安楽なものになるかというと、決してそんなことはなかった。
ひたすら静かに、気配を消して、スイカたちを見守っている作業は、一晩に氷河を10回受け入れることより、瞬を疲れさせた。
そのストレスは半端なものではない。
“動けない”というストレスに耐え兼ねた自分は、いつか自分の方から氷河に襲いかかっていってしまうのではないかと不安を覚えるほど、そのストレスは瞬の心身を苛んでくれたのである。
そんな自分が、瞬は本気で恐くなり始めていた。

スイカは、既に双葉が落ち、本葉が2、3枚つき始めていた。
その頃になって瞬は、スイカの見張りの機械化(?)を思いついたのである。
つまり、瞬は、スイカの見張りをネビュラチェーンで代用することはできないかと考え始めたのだった。
鉄壁の防御力を誇るネビュラチェーン。
このチェーンで敷いた陣の中に足を踏み入れた敵は、その身に数万ボルトの電流を受けることになる。
これを使わない手はないのではないかと、瞬は考えたのだった。

スイカの周りにネビュラチェーンで二重三重の陣を敷く。
チェーンは、スイカに危害を加えようとする者を容赦のない力で撃退するだろう。
そうなれば、瞬や星矢が四六時中見張りについていなくても、スイカの命は守られることになる。
瞬は身を潜めてスイカを見守っている必要がなくなり、夜だけでなく昼の間も氷河の相手ができるようになるのだ。
もちろん、動けないことからくるストレスを感じることもなくなり、瞬の心身は健康を取り戻す。
ネビュラチェーンによるスイカの見張りの機械化は、実現できれば、瞬と星矢には自由を、スイカには安全をもたらすことになるだろう。

しかし、スイカの見張り機械化計画には、大きな問題が一つあった。
ネビュラチェーンは、チェーンの主である瞬が窮地に立たされないと反応してくれない――のだ。
それでは結局、瞬がスイカの側を離れるわけにはいかないことになる。
せっかくスイカの見張りを機械化しても、それでは何の意味もないのだ。

瞬は、だが、そこで諦めることはしなかった。
時空を超え、何万光年離れたところにいる敵をも捕えることのできるネビュラチェーンである。
ならば遠隔操作も可能なのではないだろうか――と、瞬は考えたのだ。

星矢に比べれば かなり諦めのいい人間である瞬にしては、それは、非常に珍しく、また画期的なことだった。
動けないストレスから逃れたいという瞬の思いは、それほど強く、それほど切羽詰まったものだったと言えるだろう。
あるいは、氷河に嘘をつき続けている状態から一刻も早く抜け出したいという心が、瞬を諦めの悪い人間に変貌させたのかもしれなかった。

かくして、瞬は、チェーンの特訓を始めたのである。
スイカの周囲に鎖の陣を敷き、瞬自身はその陣の外に立つ。
自らの小宇宙の感知能力を高め強め広げ、その小宇宙で敵の襲来を察知したら、瞬自身はチェーンを手にしていなくても、小宇宙に操られたチェーンが敵の動きを封じる――。
できないはずはないと信じて、瞬は、自らの分身ともいえるチェーンの特訓を開始した。

スイカの周囲にチェーンの陣を敷いて、瞬自身はまず陣の外――庭の芍薬の花の脇に立ってみた。
スイカとの距離は、およそ5メートル。
そこから瞬が陣の中に小石を投げ入れると、チェーンは“敵”がスイカの上に落ちる前に、見事に その小石を粉々に砕いてくれた。
気をよくした瞬は、更に10メートル離れた場所に移動し、同じように小石を投げ、これも成功。
更に10メートル、更に更に10メートル。
およそ100メートル離れた場所からでも、チェーンの働きは完璧だった。
そして、ついに、瞬は城戸邸の門を出たのである。
これでネビュラチェーンは、完全に瞬の視界から消えることになった。

この状況でチェーンが“敵”からスイカを守りきることができれば、スイカの見張り機械化計画は問題なく実行されるだろう。
瞬は期待に胸を弾ませたのだが、ここで再び新たな問題が生じたのである。
チェーンとスイカを視界に捉えられないということは、つまり、テスト用の小石を投じる目標地点も瞬の視界の内にないということなのだ。
これが10メートル20メートルの距離なら、まだ何とかなったかもしれない。
だが、100メートルという距離、しかも瞬と目標地点の間には高さ2メートル以上の塀があるという条件下では、それはかなりの難事業だった。

(ちょっと方向を間違えると、綺麗に咲いてる花を傷付けることになっちゃうかもしれないし……)
どうしたものかと、迷うこと数分。
瞬がその事態の打開策を思いつく前に、事件は起きた。
瞬が小石を手に、城戸邸の門の外で あれこと考えあぐねていた その最中。
突然、かつて聞いたことのない、だが確かに爆発音と思えるような音がスイカたちのいる方から聞こえてきたのである。
数秒遅れて、
「ひえぇぇぇぇぇ〜 !! 」
というインド木綿を引き裂くような悲鳴が、瞬の許に飛んでくる。

瞬は、とてつもなく嫌な予感を覚えた。
声のした方向に急行しなければならないと思うのに、足が言うことをきいてくれない。
が、まさかここで逃げを決め込むわけにはいかない。
文字通り二の足を踏む自らの足を懸命に叱咤して、瞬は、恐る恐る爆発音と悲鳴が聞こえてきた場所に近付いていったのだった。


幸い、スイカたちは無事だった。
黄色とも緑色ともつかない綿埃のようなものが辺りに散らばっていたが、それは特にスイカを傷付けるようなものではないらしい。
スイカたちは無事だったのだが、その脇で、城戸邸の厨房でいつも瞬たちの食事の世話をしてくれている調理師のおばさんが腰を抜かしていていた。
より正確に言うならば、爆発音を聞きつけて瞬より早く爆発現場に駆けつけてきたらしい氷河の手を借りて、彼女は のそのそとその場に立ち上がろうとしているところだった。

「あ……」
チェーンが、敵の次の攻撃を迎え撃つためにカチカチと音を立てて、盛んにうねっている。
スイカに近付くものすべてを敵と見なすように仕込まれたネビュラチェーンが何をしてしまったのかは一目瞭然だった。
地上の平和と安寧を守るためのアテナの聖闘士の聖衣の一部が、スイカの側に近寄ろうとしていた何の罪もない一般人を傷付けてしまったのだ。
スイカの見張り機械化計画がここまで危険な計画だったとは――。
瞬はその惨状(?)を見て、その場に呆然と立ち尽くしてしまったのである。

「いったい何が起こったの!」
少し遅れて、星矢と沙織がサンルームに駆け込んでくる。
「沙織お嬢様! それがですね!」
氷河の手を借りて立ち上がった厨房のおばさんは、この家の主の姿を認めるや、彼女が遭遇した事件の顛末を沙織に報告し始めた。
未だ興奮冷めやらぬ様子で。
カボチャと同様にふくよかな身体を揺らし、やたらと元気な様子で。

「もう、びっくりしちゃいましたよ! いえ、昨日 田舎からカボチャが送られてきましてね! 私は煮付けでも作って皆さんに振舞おうと考えて、運んできたところだったんですよ。サンルームの脇を突っ切って厨房に行こうとしていたんですけど、カボチャが重くて落としてしまいましてね。ごろごろ転がるカボチャを追いかけてたら、突然爆発したんですよ! カボチャが! 私の目の前でドカーン! と!」
「――」
厨房のおばさんの説明が終わる前に、厨房のおばさん以外のすべての人間が、平和だった地上にカボチャの大爆発をもたらしたものが何であるのかということに気付いていた。

ここまでくると、もはや 秘密を秘密のままにしておくことは不可能である。
運動できないせいで生じるストレスなど、罪のない人間(とカボチャ)を傷付けるストレスに比べたら、ひとえに風の前の塵に同じ。
そのストレスに耐え兼ねて、瞬はこれまで自分たちが為してきたことのすべてを沙織に白状することになったのだった。






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