冷戦の状態にあった二つの陣営の緊張が緩むことを“雪解け”と言う。
昨夜一晩で、氷河と瞬の間にあった冷たい雪はすべて解け去り、消えたはずだった。
事実、雪はすべて解けて消えてしまったのだろう。
新しい朝の訪れが、新たに大量の雪を運んできただけで。

氷河と瞬の冷戦の終結を見た(と星矢が信じた)翌日、翌朝。すべては元に戻っていた。
つまり、昨日の午後勃発した冷戦が、再びこの地上を覆いつくしていたのである。
瞬は 氷河と視線が合うと、ふいと横を向き、氷河はそんな瞬の機嫌をとろうともしない。
二度と離れることができなくなったはずの二人は、新しい朝の訪れと共に再び、いっそ見事としか言いようのない潔さで別々の人間に戻ってしまっていたのである。

「なんだよ、これ!」
星矢が怒鳴っても事態は好転しない。
冷戦の当事者でない星矢たちの方が そんな二人の対応に苦慮する状況もまた、先日同様 何も変わらなかった。

氷河と瞬の冷戦は、何といっても、二人の仲がいいのか悪いのか、喧嘩をしているのかそうでないのか、その点が明確でないことが、周囲の人間を混乱させ、事態をややこしくするものだった。
星矢と紫龍は、どちらの陣営につくべきかということで悩むことはなかったが、この冷戦に第三者の仲裁は必要なのか、それともそれは無用のことで、むしろ事態を悪化させるだけのことなのかの判断すらままならなかったのである。

それが Cold Warにしろ Hot War にしろ、争いというものは、敵でも味方でもない者たちが 最大の苦労と被害を背負い込むものなのだ。
氷河と瞬による冷戦が作り出す不可解にして不快な空気は、星矢や紫龍だけでなく、城戸邸で働く使用人たちにも混乱と困惑をもたらし始めているようだった。


「いいかげん、ちゃんと仲直りしろって! おまえらに そんなふうに訳のわからない状態でいられると、俺たちだって迷惑なんだよ!」
「僕は悪くない。だから、謝れない」
「おまえはそう言って、意地張るけどさー」
周囲の迷惑も考えてほしいのである。

昼はつんけん、夜はべったり。
そんな不自然な状況だけでも十分 戸惑うところなのに、昼でもなく夜でもない時間帯――早朝や宵の口などには、周囲の者たちは、更に二人への対応に迷うことになる。
冷戦の当事者たちにも、そんな時間刻みで態度を変えなければならない状況は、決して快適なものではないはずなのだ。

しかし、瞬はいつになく頑なだった。
「氷河は、人として最も卑劣で下劣なことをした。その上、反省もしていない。そんな氷河を許すことはできないし、これは絶対に僕が謝るべきことじゃない」
「おまえは、素直で、人を傷付けるのが嫌いで、争い事もできるだけ避けたい、心優しい聖闘士だろ。そこを曲げて――」
「星矢は!」
根性で食い下がろうとした星矢を、瞬の鋭い声が遮る。
思わずたじろいだ星矢に、瞬は突然 思いがけないことを尋ねてきた。

「星矢は、もし誰かに、星矢のお姉さんは愚鈍で不器量で性格も最悪だって言われたら、そう言った人のことどうするの」
「ぶっ殺してやる!」
思いがけない質問ではあったが、それは答えに迷うような質問でもない。
星矢は即答した。
星矢の答えを聞いた瞬が、ゆっくり深く首肯する。
「そうでしょう? 氷河を殺さないだけ、僕は温情のある対応をしていると思うよ」
「……」

これまで自分はなぜ、氷河と瞬の喧嘩の原因を究明することをせずにいたのか――。
我が事ながら、星矢はそれが不思議でならなかった。
氷河と瞬の冷戦の原因。
それがイデオロギーの相違に起因するものであるはずがないのだ。






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