恋の真理






「瞬。昨日からトーキョー国内外展示場で、『刺繍で見る童話の世界展』が開催されているそうだ。明日、一緒に行かないか?」
「え? それって、童話の挿絵が刺繍で見られるの?」
「ああ。白雪姫とか人魚姫とか、ごんぎつねだのアリスだのもあるらしい」
「わあ、素敵! 行きたい、行きたい!」
氷河の誘いを受けて、瞬は瞳を輝かせた。
氷河が、軽めの微笑を浮かべて、瞬に頷き返す。

「沙織さんが招待券をくれたんだ。じゃあ、明日 昼前に出て、表参道あたりでランチをとって、展示会を見たら、おまえの好きな何とかいうタルトの店に寄る――というのはどうだ」
「うんうん。そろそろビワのタルトや桃のタルトが出てくる頃だよね。楽しみ〜」
氷河が提案してきた明日のプランは、完全に瞬の趣味に合致していた。
その上、これまでも 氷河との外出が楽しくなかった経験を持ったことのない瞬は、氷河の誘いに文字通り二つ返事で乗っていったのである。

戦いのない時のアテナの聖闘士ほど暇なものはないに違いない――とは、誰もが思うところだろう。
『小人 閑居して不善をなす』という ことわざもある。
へたに常人にはない力を有する聖闘士が暇を持て余しているのは あまりよろしいことではないのではないかと考える向きも多いかもしれない。
が、氷河と瞬に限っていうなら、それは無用の心配というものだった。
なにしろ二人は、昨日は○○の美術展、明日は△△の工芸展と、2日と間を置かずに揃ってどこぞに出掛けていき、そのたび、そのついでに(?)、世間で評判になっているレストランやカフェに足を運んでは、世間の評判の真偽を確かめる作業にいそしむという、実に多忙な日々を送っていたのだ。


期待に満ち満ちて赴いた『刺繍で見る童話の世界展』は、期待通りに――あるいは期待以上に――瞬には非常に好ましく、かつ楽しいイベントだったらしい。
氷河に誘いを受けた翌日、うきうきした様子で氷河と共に城戸邸をあとにした瞬は、帰宅後、『刺繍で見る童話の世界展』で手に入れてきたフランス刺繍のアリスのお茶会ポストカードだの ポルトガル刺繍による ごんぎつねをモチーフにした絵皿だのを披露して、それがいかに素晴らしい展示会であったかを嬉しそうに星矢たちに報告してくれた。
展示会会場に行く前に食した 地中海風エビとブロッコリーのレデなんとかランチも、展示会を見てから堪能した ビワのタルトも、極めて美味だったらしい。

刺繍にも童話にも興味はないのだが、瞬が嬉しそうに報告してくる内容に、「うんうん」と頷いてやるのが、こういう時の星矢の仕事である。
瞬がそれで満足したというのなら、星矢は、
「おまえ、レディースランチの意味がわかってんのか?」
などという不粋な突っ込みを あえて入れようとも思わなかった。
店側が文句を言わずに瞬に提供したものを、第三者がどうこう言っても始まらない。
「そーかそーか。楽しくて美味くてよかったなー」
と言ってやるのが、星矢のいつもの役目なのだ。

もちろん、星矢は、
「展示会場は さすがに女性陣ばっかりで、僕、ちょっと恥ずかしかったんだけどね」
と告げる瞬に、
「おまえも、刺繍なんかに興味のないカレシを無理矢理イベント会場に引っ張っていったオンナノコに見られてただろうから、そんなこと気にすんな」
などということも、決して口にしないのである。

当人がその事実に気付いていないのなら、わざわざそんなことを指摘するのは愚の骨頂。
いつも通りに、
「あー、楽しかった!」
で終われば、それで地上の平和は保たれるのだと 星矢は思っていたし、“いつも”は確かにそれで終わっていたのである。
“今日”が“いつも”の通りに終わらなかったのは、『刺繍で見る童話の世界展』の報告をしていた瞬が突然、
「氷河って、女の子にもてるよねぇ?」
などという奇妙奇天烈かつ脈絡のないことを言い出したからだった。






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