当然 星矢は、『瞬は突然 何を言い出したのか』と首をかしげることになったのである。 が、まあ、氷河と瞬の二人は、傍から見ている分には、絵に描いたような美男美女の――もとい、美男美少女のカップルなのだ。 そんなカップルが そこいらを歩いていたら、二人はいやでも人目を引くことになる。 おそらく、今日の外出先で氷河が女性陣の注目を集めるのを見て、瞬はそう思うことになったのだろうと、星矢は推察した。 「そりゃまあ、氷河は見てくれだけはいいからなー。ほら、『顔がいいのは七難隠す』って言うじゃん」 星矢の国語の知識は完全に間違っている。 が、瞬の認識は、星矢に輪をかけて更に更に間違っていた。 星矢の間違った知識を受けた瞬は、 「氷河には隠さなきゃならない七難なんてないんだから、氷河の顔が綺麗なことは大した問題じゃないでしょ。それでも女の子が寄ってくるんだから、やっぱり氷河にはそれだけの魅力があるんだよ」 と言ってのけたのだ。 「そうかぁ?」 瞬の見解に大いに不満がある顔で、星矢は、瞬に相槌になっていない相槌を返すことになったのである。 しかし、それも無理からぬ話。 軽く10秒 考えてみただけでも、星矢は、 (1) マザコン (2) 師匠コン (3) 変な踊りを踊る (4) 鳥頭 (5) 思い込みが激しくて直情径行気味 (6) 一つの目標を定めると、周りが見えなくなる (7) 以上の事実を自覚していない ――というように、氷河の七難が即座に思いついてしまったのだ。 時間をかければ、両手両足の指を全部使っても まだ足りないほど、氷河の“難”の提示が可能――と、星矢は自信を持って断言することができた。 が、同時に星矢は、瞬が氷河に難はないと思っているのなら、わざわざその幸福な誤認を否定することもあるまい――とも考えたのである。 星矢がそう考えたのは、彼が事なかれ主義の面倒くさがりだからでもなければ、彼が仲間の面目を保ってやろうと氷河を思い遣ったからでもなかった。 星矢がそうしなかった理由はただ一つ。 その場に氷河がいなかったから、である。 氷河は『刺繍で見る童話の世界展』から帰還するなり、次なる瞬とのデートコースを模索するために、ひとり自室に籠もってしまっていた。 そして、星矢は、『友人への非難批評の類は、友人当人の前で言うのでなければ ただの悪口』という考えの持ち主だったのだ。 非難される当人に反論の機会が与えられない場で口にする非難はただの悪口である。 だから、星矢は、その場では沈黙を守った。 そんな星矢の真意を知らない瞬が、不思議そうに首をかしげて、更に言葉を重ねてくる。 「付き合う女の子に不自由してるはずないのに、なんで氷河は僕ばっかり誘ってくれるんだろ」 「迷惑なら迷惑と言った方がいいぞ。氷河は、はっきり言葉で言わないと、そういうことには気付かない男だ」 星矢の真意に気付いている紫龍が、氷河の七難には触れずに、脇から忠告を入れてくる。 瞬は龍座の聖闘士に大きく首を横に振ってみせた。 「迷惑なんかじゃないよ! ただ……氷河じゃなくて僕の方が、氷河に迷惑をかけてるんじゃないか……って」 「おまえの方が?」 瞬はなぜそういう考えになるのかと、紫龍は、この事態を大いに訝ることになったのである。 氷河と瞬の外出はいつでも、『誘うのは氷河の方。瞬は氷河の誘いに付き合うだけ』のものだった。 瞬が主体的・積極的に氷河を誘ったことなど、これまで ただの一度もなかったのだ。 しかし、紫龍には紫龍の状況認識と判断力があるように、瞬には瞬のものの見方・捉え方というものがあるらしい。 すなわち、 「だって、そういうのって、本当なら女の子といる時間を 僕のために割いてくれてるようなものでしょう」 という捉え方が。 「……」 ここで、『氷河にとって、おまえは ある意味、“女の子”と大差ない存在、もしくは、“女の子”以上の存在で、おまえといられる時間を他の女のために割いてやる殊勝さは、氷河には持ち得ないものなのだ』という事実を、紫龍は(星矢も)瞬に知らせてやるわけにはいかなかった。 それは上手に伝えないと、『氷河は瞬を“女の子”扱いしている』『氷河は瞬を“女の子”の代わりにしている』等の誤解を招きかねないことであるし、たとえ正確に氷河の真意を伝えることができたところで、それを氷河以外の第三者が瞬に知らせてしまうことには大きな問題があるだろう。 何といっても、氷河はその事実を自分の意思と自分の言葉で瞬に伝えたいと思っているに違いないのだ。 へたに出しゃばったことをして、氷河の恨みを買う事態は避けたいところである。 かといって、『本当なら女の子といる時間を 僕のために割いてくれてるようなものでしょう』という瞬の誤った認識をそのままにしておくことも、あまり好ましい事態とは言えない。 瞬にそんな勘違いをさせたままにしておいて、いもしない“女の子”に遠慮をした瞬が氷河の誘いを拒むようなことになったら、そんな状況に苛立った氷河が何をしでかすかわかったものではないのだ。 どういうふうに伝えれば、氷河の真意を知らせずに瞬の勘違いを正すことができるのか――を考えたあげく、紫龍が(おそらくは苦し紛れに)その場に持ち出してきたのは、あろうことか、「絶望は死に至る病」で有名なセーレン・キェルケゴールその人だった。 「氷河は、キェルケゴールの恋を と、紫龍は言い出したのだ。 |