イタリアのヴェローナといえば、古代ローマの遺跡である円形競技場や美しい町並みで有名な町である。 ローマが全盛を誇っていた頃には、ローマの北方と東方の植民地を繋ぐ交通の要衝でもあった。 しかし、かの都市を最も有名にしたのは、古代ローマの遺跡でもなければ、シャルルマーニュ大帝の息子ピピンが建てた壮麗な聖堂でもなく――生涯にただの一度もイタリアの土を踏んだことがないと言われている一人の英国人が伝えた悲しい恋の物語だったろう。 ヴェローナの町で権勢を誇り、血を血で洗う争いを繰り広げていた二つの名家、モンタギューとキャピュレット。 敵対する名家の一方・モンタギュー家の総領息子ロミオと、両親の愛情を一身に受けていたキャピュレット家の美しい令嬢ジュリエットが恋に落ちて、その悲劇は始まった。 若い恋人たちは、恋する人と幸福になりたいと一途に願い、そのための努力もした。 にもかかわらず、不運と誤解が重なって、二人はその命を恋に散らすことになってしまったのである。 ロミオ16歳、ジュリエットに至っては僅か13歳。 若すぎた二人の美しすぎた恋と その死は、敵対する両家に大きな衝撃をもたらし、恋人たちの死後、二つの名家は遅すぎる和解に至った。 互いに大切な一粒種を失った両家は、やがて遠い親戚から養子を迎え、家の存続を計ったのであるが、愛する娘と息子を失った二組の夫婦は、その跡継ぎたちに一つの務めを課したのである。 すなわち、いつか両家に息子と娘が生まれた時、必ずその二人を結婚させて、二つの家を一つにするように――という務めを。 それが、幸せになれたはずの若い恋人たちを不幸にしてしまった愚かな親たちの贖罪であり、切ない願いだと言って。 その願いが、新たな悲劇を生むことになるなどとは考えもせずに。 我が子を失うと共に気力も失った両家当主の引退後、二つの家の跡継ぎたちは、ほぼ同時期にそれぞれに妻を迎え、1年後、モンタギュー家には男子が授かった。 娘と息子を失った二組の夫婦が、その誕生を喜んだことは言うまでもない。 モンタギュー家に男子誕生の報を受けたキャピュレット家は、過日の抗争心はどこへやら、一国の王子の誕生祝いにも劣らないほど豪華な贈り物をモンタギュー家に贈り、両家の希望の星の生誕を モンタギュー家はキャピュレット家の厚意に感激し、その喜びを更に深めることになったのである。 モンタギュー家に男子が誕生したことを喜んだのは、モンタギュー、キャピュレット両家の者たちだけではなかった。 “悲劇の恋の町”として有名になってしまった町の汚名を晴らす好機到来とばかりに、ヴェローナの町の住民のすべてが この慶事を喜び、ヴェローナでは町をあげての祝賀ムードで沸き立つことになったのである。 なにしろ、ロミオとジュリエットの悲劇以降、ヴェローナは、若い恋人たちには不吉な町というレッテルが貼られ、恋する者たちに忌避される町になってしまっていたのだ。 結婚が決まったカップルはまず、不吉なヴェローナの町以外の土地に居を構えることを考える。 そうするだけの経済力がない者たちは、せめて婚姻の式だけでも不吉な町の外で挙げようとする。 ロミオとジュリエットの悲劇が起きてから、ヴェローナは、祝い事のない町になってしまっていたのだ。 若い恋人たちに忌み嫌われる町など、発展の希望も持てない。 だが、その不幸な出来事が打ち消されるような喜ばしい出来事が起これば――すなわち、幸福で美しい恋が この町で生まれ成就すれば、町は元の活気を取り戻すに違いないと、ヴェローナの古くからの住人たちは期待していたのである。 こうなると、待たれるのは、キャピュレット家の跡継ぎ夫婦に娘が生まれること。 かくして、モンタギュー家に男子が授かった時から、キャピュレット家の跡継ぎ夫婦は針のムシロに座らされることになったのである。 他の何をおいても 一刻も早く 美しい娘の誕生をと、我が子を失った老夫婦たちだけでなく、ヴェローナの町の住民すべての期待が、キャピュレット家の跡継ぎ夫婦の上にのしかかることになってしまったのだから。 二人が外出すれば、その先で出会う人々は皆、必ず、 「お子さんはまだ?」 と二人に尋ねてくる。 キャピュレット家を訪ねてくる客人たちの挨拶は必ず、『こんにちは』ではなく、 「嬉しいお知らせはまだ?」 だった。 「この町の皆が待っているんだ」 「若い花嫁もいいですけど、夫婦はあまり歳が離れすぎていてもよろしくありませんよ」 「モンタギュー家の若君も心待ちにしているに違いない。あまり待たせすぎないようにしなくては」 「焦らし焦らされるのも恋の醍醐味ですけど、何事もほどほどがいちばんですわ」 「そうそう。娘御の誕生が遅れれば遅れるほど、ヴェローナの町の名誉回復の時も遅れることになるのだからな」 「ヴェローナの町の未来が、キャピュレット家のお二人の肩にかかっているのですわ」 「健やかな子供を、一刻も早く!」 等々、寄ると触ると、子供を期待する言葉ばかりがキャピュレット家の夫婦の上に降ってくるのである。 「こればかりは、神様のお気持ち次第ですから」 と答えてやり過ごそうとすれば、 「神様だって、一日も早い御子の誕生を待っていますわ」 という答えが返ってくるのだ。 キャピュレット家の二人に期待する者たちの中には、彼等に懐妊を促すという怪しげな薬やまじないの方法を授けようとする者までいた。 キャピュレット家の夫婦たちを最も悩ませたのは、子を求め期待する誰もが、善意に満ち満ちているということだったろう。 彼等は子の授からぬ夫婦を責めているのではなく、無邪気に恋人たちの片割れの誕生を求めているだけなのだ。 それがどれほどキャピュレット家の夫婦を苦しめることになるのかということを、善意の人々は考えもしないのである。 そんなふうにして3年間、針のムシロの上での生活に耐えた後、ついにキャピュレット家の跡継ぎの細君が懐妊した時、キャピュレット家の夫婦の心中では、喜びよりも安堵の思いの方が先立ってしまったのである。 が、それで二人の苦難が終わったわけではなかった。 そうなればなったで、周囲の期待は、当然のごとく、次の段階に移行していったのである。 すなわち。 キャピュレット家の現当主夫人が産むのは、娘でなければならない。 かのジュリエットのように美しく可憐な娘の誕生が、キャピュレット家とモンタギュー家の引退した老夫婦の願いであり、ヴェローナの町の住人たちの期待するところ。 それこそが、宿命であり、運命であり、神のご意志。 その願いが叶わぬはずはなく、叶わなかったとしたら、それはヴェローナの町とモンタギュー・キャピュレット両家が神の意思に背くものだということであり、ロミオとジュリエットの悲しみがまだこの町を覆っているということを意味する。 ゆえに、ここで男子誕生など言語道断。 もし生まれた子が男子であったなら、その子は神のご意思に背き、ヴェローナの町の人々に絶望をもたらす悪魔の子に違いない――。 そこまではっきりと言葉にする者はさすがにいなかったが、ヴェローナの町の住民たちがそう思っていることは、キャピュレット家の夫婦にはひしひしと感じ取ることができた。 それでなくても心身が不安定になる妊娠期間。 周囲のあまりの期待の重さに、キャピュレット家の当主夫人はノイローゼの気味を帯びるようにさえなってしまったのである。 “普通の”妻で“普通の”母であれば、体内に愛する夫の子がいて、新しい命を感じ取ることのできる 最も幸福な時期を、彼女は不安と怯えと恐怖にさえ包まれて過ごすことになったのだった。 そんな苦難の時を耐え抜いて、キャピュレット家の当主夫人が産んだのは、花のように優しい面立ちをした美しい赤ん坊だった。 「まるで天使のような!」と、赤ん坊を見た誰もが口を揃えて言うほどに、可愛らしい赤ん坊。 もちろん、キャピュレット家とモンタギュー家の二組の老夫婦は、天使のごとく清らかな赤ん坊の誕生に狂喜した。 ヴェローナの町の住民たちの喜びもまた尋常のものではなく、彼等は、町の希望の星が二つ揃ったことを祝う祭りを大々的に催したのである。 モンタギュー家の若君とキャピュレット家の姫君。 ついに、ヴェローナの町に、二つの希望が揃ったのだ。 不幸な恋の思い出に打ち沈み、若々しい活気の失われた この町が、以前のように、若い恋人たちが行き交い、若い夫婦たちが希望に満ちて新生活を始めることのできる町になるのだと、誰もが期待し、願い、信じていた。 モンタギュー家からキャピュレット家に届けられた贈り物は、一国の王女の誕生祝いに贈られるものより豪華なものだった。 素晴らしい手柄をたてたキャピュレット家の当主夫人には、祝福とねぎらいの言葉が雨あられと降り注ぎ、人々はヴェローナの町はやはり神の意思に沿った町だったのだと、心を安んじたのである。 そういう経緯で、モンタギュー家のヒョウガと、キャピュレット家のシュンは、生まれる前から決められていた婚約者同士として 共に成長することになったのだった。 |