シュンの死はヒョウガを幸福にすることはなかった。 それだけがシュンの望みだったというのに。 シュンの死の悲報を聞くや、ヴェローナの町の人々は誰もが、その死をヒョウガのせいだと決めつけ、ヒョウガを責めたのである。 ヒョウガの軽率が、ヒョウガを信じ、ヒョウガだけを思っていたシュンの繊細な心を傷付け、その悲しみにシュンの心は耐え切れなかったのだ――と。 ヴェネツィアから流れてきたあの女性は、嘆き憤るヴェローナの町の人々に、ヒョウガの潔白を証言してくれたのだが、そんな事実はもはや何の意味も持っていなかった。 「事実はどうあれ、シュン殿はその噂に傷付いたのだろう。生まれた時から見詰め続けてきた人に、シュン殿は裏切られたのだ」 ヴェローナの町の人々は そう言って、悔しそうに その目を伏せることになった。 ヴェローナの町の希望が、この地上から消え失せてしまったのである。 ヴェローナの町は、再び希望のない暗く陰鬱な町に戻ってしまうだろう。 若い恋人たちが行き交い、若い夫婦たちが希望に満ちて新生活を始めることのできる町になるというヴェローナの町の夢は潰えてしまったのだ。 町の人々のやりきれない怒りは――それは、ヒョウガやシュンの心を思い遣ることのない自分勝手な怒りでもあったのだが――自然で当然の怒りでもあったろう。 ヴェローナの町の住人の中で最も激しくヒョウガを責めたのは、ヒョウガの両親だった。 ヒョウガの父は、ただ一人の息子に『死をもって償え』とまで言った。 そして、ヴェローナの町の住人の中でただ二人だけヒョウガを責めなかったのは、シュンの両親だった。 「シュンはあなたに傷付けられたから死んだのではない。おそらく あなたの幸福のために、シュンは死を選んだのでしょう。だから、シュンのためにも、あなたは幸福になってください」 ただ一人の、最愛の“息子”を失ったシュンの両親は、シュンの心を見誤ってはいなかった。 シュンがヒョウガの幸福を願ってそうしたのだということを、彼等は疑っていなかったのである。 だからといって、我が子を失った彼等の悲しみが深いものでなかったはずはない。 親のために本来の性で生きることを禁じられ、そのことで不甲斐ない親たちを責めることもしなかった優しい息子を、彼等は永遠に失ってしまったのだから。 しかも、その優しい子は、神の意思に背いた死を選んだというので、天の国に迎え入れられることもないのである。 その死は、教会の墓地に墓を構えることさえ許されない、呪われた死なのだ。 シュンの両親の嘆きの深さは、尋常の嘆きのそれではなかった。 そんな不幸な夫婦を前にして、ヒョウガを最も強く激しく責めたのは、ヒョウガ自身の心だった。 そして、最も強く苦しみ、もっとも深く嘆き、とめどなく赤い血を流すことになったのも、ヒョウガの心だったのである。 「おまえは、俺がおまえなしでは生きていられないことを知らなかったのか? 俺のためなら、何があっても 生きていてほしかった……」 シュンの シュンの小さな細い身体は、白い質素な麻の死装束に包まれている。 教会の墓地に葬られることの許されないその亡骸は、数日後には、教会の敷地から外れた 物寂しい荒地に葬られることになるのだ。 そんなところに一人で置かれたのでは、シュンは寂しくて、神に与えられる罰に耐えることもできないだろう。 「俺は、恋のために死んだロミオのように愚かでもなければ、弱い男でもないと思っていたのに――それは とんだ思いあがりだったな」 今のヒョウガの胸からは、自分たちに恋を強いたヴェローナの町の人々を責める気持ちは消え失せていた。 彼等は、この町を愛していたのだ。 恋を強いられる婚約者たちの心を思い遣ることもできないほどに。 そして、生きている人間には、他のどんなものよりも希望が必要なのである。 彼自身の希望を失って初めて、ヒョウガは、シュンと自分にこんな人生を強いた者たちの気持ちがわかった――ような気がした。 彼等はただ、希望がほしかっただけなのだ。 その切なる思いを責めることは、ヒョウガにはもうできなかった。 血の気の失せた冷たいシュンの身体。 白い死装束より白く頼りない その腕、指、頬――。 一人にはしておけない。 ヒョウガの手には、かのジュリエットの命を奪った あの短剣が握られていた。 |